仮想通貨の黄昏(18)ステーブルコインの危険性をノーベル賞受賞経済学者が警告!【増補】
ユートピアを目指す者は、常にディストピアに到着するというのが、この世のならいであり、特に金融技術の世界においてはそうだ。もともとの仮想通貨の欠点を補って実際の経済に役に立つといわれたステーブルコインも、残念ながらこのままでは新しいディストピアの創造装置でしかなくなるだろう。何か回避策はないのだろうか。金融規制の専門家で2014年のノーベル経済学賞受賞者ジャン・ティロールが、英経済誌ジ・エコノミストに論考を寄せている。タイトルが「なぜステーブルコインはステーブルでないのか」。【増補】は文末にあります。
ステーブルコインというのは、簡単にいえば、その価値をドルとか他の公的通貨に接続させて、即座に費用をかけないで取引に使うという機能だけを生かした、安全な仮想通貨として注目されてきた。ビットコインに代表される第一世代の仮想通貨は投機対象として存続しているが、ステーブルコインは違うというのが創始者や支持者たちの言い分だった。
ところが不思議なことに、ステーブルコインの価値は、過去12カ月で46%も上昇し、総額が1740億ドルに達している。これはアメリカでトランプ政権が今年7月に「ジニアス法」を通過させて、仮想通貨の規制を緩めたせいだといわれているが、では、ステーブルコインも同じように投機目的の仮想通貨になってしまったのだろうか? なぜそんなことが起こったのだろうか? そしてそれは回避できないことだったのか? まず、ティロールの投稿の中心的な警告の部分を読んでみよう。
「ステーブルコインの関係者たちは、デジタルとしての効率と価値の安定性を両立させると主張してきた。とくに国際送金において、銀行やVisa、PayPal、SWIFTなどの決済プラットフォームの、有力なライバルとして位置づけられている。ともかく手数料がはるかに安くすむのである。これは進歩のように見えるかもしれない。しかし、安全性を装った金融イノベーションは、2008年以前のデリバティブやサブプライムローン担保証券のように、しばしば金融危機の原因となってきたことを忘れるわけにはいかない」
ステーブルコインの支持者たちは、これがドルによって完全に裏付けされているし、会計事務所による定期的な監査で準備金の水準が維持され、規制当局によって検証され、問題があれば処置が講じられることになると言っている。「しかし、実際には完全な裏付けというのからして確実ではない。Tetherは準備金を虚偽表示したとして罰金を科せられたが、その準備金は独立した調査機関によって、公正な監査を受けたことは一度もなかった」。
では、ドルあるいは他の通貨や債券の裏付けがしっかりしていれば解決するのか。「たとえばその裏付けが本物であっても、その完全性にわずかな疑念があっただけで、不安定な動きを引き起こす危険性がある。たとえば2022年にTerraUSDステーブルコインが暴落している。これは実際にはアルゴリズムコインに分類される安全性が低いものだったが、懸念されるのはジニアス法に基づく償還に関する規則が、こうした事件が起こったさいに、どのように保証しているのか、依然として曖昧なのである」。
問題はそれだけではない。「さらに、現金や国債といった安全資産は利回りが低い。健全性を維持するための公的規制に縛られた銀行が、安全資産を装ってよりリスクの高い資産を扱っていた例は、歴史を振り返れば枚挙にいとまがないほどだ。銀行よりもはるかに規制の緩いステーブルコインの発行元や仲介機関が、リスクが高く利回りが高い取引を追求しないでいるということなど、ちょっと想定できそうにないではないか」。
ティロールはすでに行われている脱法的行為をあげている。「ジニアス法はステーブルコイン発行者に利息を付けることを禁止しているが、これは銀行の預金の存在意義を考えたうえでの銀行救済策といえるだろう。しかし、この規制も奇妙なことに、CoinbaseやPayPalなど、取引するステーブルコインプラットフォームには適用されないのである。この微妙な区別は、最初から抜け穴を作っているようなものだ」。
当然のことながら、一部のプラットフォームはこの抜け穴を利用して、裏口報酬を提供し、リスクを負って資金を調達するようになっている。これはCoinbaseやPayPalがリベートの形で利子を提供していることと同様である。「しかも、こうしたプラットフォームは、銀行とは異なって、資本基準や流動性基準を満たす必要も、預金保険料を支払う義務もないのだ。そのため彼らは規制コストを負担することなく堂々とシャドーバンクの仲間入りをしている」とティロールは指摘している。
こうした状況の中にあって「アメリカの現政権」は、まさに最悪の役割を担い始めている。その中心人物(トランプ大統領)の親族はステーブルコインを称賛しているだけでなく、自分たちのミームコインを発行して資産を拡大し、さらに規制を緩和しようとしている。「彼らは個人的な経済的利益、イデオロギー的偏向、仮想通貨の推進という地政学的インセンティブを有している。彼らの政権は仮想通貨に好意的な規制当局者を任命しており、ぶったるんだ監督は不可避であるように思われる」。
もちろん、ティロールは仮想通貨のすべてを否定しようというのではない。また、政治的に考えても、中国などが仮想通貨の技術を用いて人民元をデジタル化しつつあるなかで、対抗措置も必要になるだろう。「ステーブルコインは金融ブームの立役者として注目を集めている。しかし、これも一部の人を豊かにする一方で、金融を不安定化させるリスクが大きい。私が考えるより良い方法は、決済を投機のプレイグランドにではなく、共有の公共事業として構築するべきだろう」。
ティロールは実に健全な提言をしていると思うが、しかし、彼が冒頭近くで述べているように、そうした健全な思考が簡単に無にされてしまうのも、また歴史の悲しい教訓であると思われる。あらゆる種類の仮想通貨を含めて、もっとも安全とされているステーブルコインが引き起こす、怖ろしい金融崩壊を体験しないかぎり、世界はこのやっかいな「通貨」が実に危険なしろものであることに、気がつかないままだろう。
【増補】10月10日ころから、いわゆるステーブル・コインが下落している。日本経済新聞10月20日付にも「『金』になれない仮想通貨、ステーブルコインも急落 市場構造にもろさ」が掲載された。「仮想通貨が10月上旬まで買われていた背景には『ディベースメント取引(通貨切り下げ取引)』の拡大がある。世界的な財政拡大傾向とインフレ高止まり、通貨価値の下落警戒を受けて、金やプラチナなど貴金属に資金を移す動きが活発になった。金と同様に価値保全機能を期待され『デジタルゴールド』と呼ばれるビットコインにもマネーが流入していた」。しかし、それも過去の話になっている。
「マネー逆回転のきっかけとされるのは米中対立の再燃だ。トランプ米大統領が10日中国に100%の追加関税をかける方針を公表すると、12万ドル台で推移していたビットコインは10万ドル台半ばまで急落した。金はこの間も最高値の更新を続けており、ビッドコインはディベースメント取引の対象から外れたようにみえる。市場が再認識したのは構造的なもろさだ」
ビットコインを投機的に買っていた連中は、レバレッジをかけて資金を調達していたので、逆回転し始めると追加証拠金を解消できなくなり、「強制決済を迫られる投資家が続出した」という。そして、これは注記に値するわけだが、「急落のさなかに一部のステーブルコインで米ドルとの価格が乖離する『デペック』が発生した。問題になったのは交換業最大手バイナンスで取引されるステーブルコイン『USDe』だ。普段は『1USDe=1ドル』で価格が維持されているが、この日は一時0.65ドルまで下落した」(左図:日本経済新聞より)。
なんのことはない、ステーブルコインはちっともステーブルではなかったことが、ここでも明らかになったわけである。では金ならばステーブルなのだろうか。いまのところはステーブルどころか急騰を続けている。それは金市場がいまの資産バブルを引き付けてやまないからだ。そしてまた、金の価値という幻想は長い歴史的経験のなかでリアルなものに転じているからだ。しかし、ビットコインはもちろんのこと、ステーブルコインにもそうした歴史的経験がありはしないし、またこれからも形成されることもないだろう。
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