ウクライナ戦争と経済(5)ロシアの石油が売買される「抜け穴」を覗く
ロシア軍が撤退した地域で、民間人に対する残虐行為の証拠が報じられるなか、アメリカやフランスがさらなる石油や天然ガスなどの経済制裁を主張している。これまでもロシア産の石油や天然ガスの購入拒否は行われていたのでは、と思った人もいるだろうが、現実には、制裁の計画はたてても全面的に実行していない国もあり、また制裁の網目を潜り抜ける方法を編み出す。そうした制裁の「抜け穴」について見てみよう。
まず、いま議論になっている追加の経済制裁についてだが、フィナンシャルタイムズ紙4月4日付の「マクロンがロシアの石油とガスへの禁輸を主張、バイデンはプーチンを『野獣的』と批判している」を見てみよう。「ウクライナでの武力による残虐行為の報道を受け、アメリカとフランスは、ロシアに対する制裁をもっと重いものにエスカレートさせることを主張した。マクロン仏大統領はロシア産の石油と石炭の禁輸を主張し、バイデン米大統領は戦争犯罪で告訴すると述べている」。
いっぽう、西側でもたとえばドイツは微妙に異なる。「ドイツの財務相クリスティアン・リンドナーは4月3日、すべての分野にわたる経済制裁はテーブル上にあげてあるが、ロシア産の天然ガスの禁輸はドイツにとって最も打撃になるだろうと示唆している」。リンドナーは4月4日の記者会見でも、判断を急ぐには「ドイツはあまりにロシアにエネルギーを依存している」とすら述べているほどで、ドイツは苦しい判断を迫られている。
英経済誌ジ・エコノミスト4月2日号は「ロシアは望まれない石油を売るには何ができるか」を掲載して、こうした制裁をロシアが潜り抜ける「抜け穴」についてレポートしている。たとえば、これまでアメリカに制裁を受けてきたイランは、石油を輸出できなくなったのだが、現実には2つの輸出ルートがあった。第一が、国民生活を支えるための例外として生活必需品などと交換に石油を輸出するルート。第二が、アメリカとは敵対的な国、たとえばベネズエラの港湾に持ち込んで、冒険的なバイヤーにディスカウントで売るルートだ。
同誌が見るところ、追加の制裁を課されていないロシアは、こうしたところまでまだ追い込まれていないという。まず、ドイツに典型的にみられるように、実は、ロシアの石油を輸入しないと、国民生活が成り立たない国があって、目立たないようにパイプラインを稼働させていることだ。ドイツは3月25日にロシアからの石油は2分の1に減らすと宣言したのだが、同誌によれば「いつそれを始めるのかは曖昧だった」。こうした例があるお陰で、ロシアの原油はこれまでの5分の1がパイプラインで輸出されている。
いっぽう、購入禁止とされるロシアの石油を、あえて買う石油バイヤーもいないわけではないが、それはバラバラで単発的なものにとどまっている。「大きなエネルギー企業のような場合には、世論の反発が大きいのが怖い」。さらに、銀行の決済拒否や保険の契約が難しく、輸送コストも高くなる可能性が高いので、どうしても手がでなくなる。すでにロシア産のウラル原油は1バレルあたり31ドルのディスカウントが普通になり、それは40ドルまでになると予想されているという。
そこでロシアが頼みとするのが、アメリカやEUなどの制裁に加わっていない、中国やインドといった図体の大きい国ということになる。「インドや中国は大安売りを見込んでいる」というわけだ。まず、インドだが、ウクライナ侵攻以前にはロシア原油はほどんど買っていなかった。それがいまや日量230000バレルにまで達している。ただし、インドの石油購入には限界があるとの指摘があるという。インドは石油輸入の2分の1ほどを中東に依存しているが、その価格はロシアの石油より安いのである。いまのところ、インドはロシアの石油を1カ月で1000万バレル購入したが、ロシアの石油産出量(日量300万バレルといわれる)からすれば「あまりにも少ない」と言わざるをえない。
となれば、やはり中国だけが頼みとなるが、それはそれなりに問題がある。いまのところ、中国はロシアから日量1050万バレル(これは世界の日産量の11%に相当する)を輸入していて、楽観的にみれば直に日量1200万バレルに達すると予測されている。これがたとえ日量6000万バレルになっても、中国には充分に空の貯蔵タンクがあるといわれるが、そうはならないと同誌はいう。巨大な量になればタンカーで運ぶことになるが、ロシアからヨーロッパまでは3日から4日で着くのに、ぐるりと迂回せざるをえないアジアの港湾の場合には40日もかかる。遅すぎるしコストの掛かりすぎ、中国系の金融機関は嫌がるというのだ。
大量のロシア産石油の購入では、支払いでも大きな問題が生まれる。たとえば、中国がロシアのためにドルで買おうとすれば、香港の金融市場を使うことが考えられる。しかし、膨大な金額になることが予想され、北朝鮮の決済のためにこっそり秘密裏にドルを流すようなわけにはいかないだけでなく、目立ちすぎて金融システム上の制裁にひっかからざるを得ないという。
そこで、ドルを使わない国家間の決済を行うには、人民元による方法がいちばんよいことになる。これは中国が望むところかもしれない。ただでさえ、ディスカウントになっているロシア産のウラル原油を人民元で購入し、場合によれば必需品などとの交換というかたちもとれるかもしれない。いまよりもロシアの国際的立場がよくなることはないから、ますますディスカウント率は大きくなり、まさに中国にとっては大バーゲンセールということになる。
もちろん、この人民元決済によるロシア産石油の購入も、永遠に無限に続くわけではない。そもそも、中国の石油需要がどのくらいあるかということも問題になるはずだが、それについてはこの記事は触れていない。同記事が注意を喚起していのは、こうしたロシア原油の流れが大きく変わることによって「これまでは隙間のないまでに形成されていた世界の原油の流れが変わっていく」ということなのだ。それは、確かに世界経済からすれば、ウクライナ戦争がもたらす、巨大な経済的ショックであることは間違いない。
ロシアに戻れば、いまのところ戦場となったウクライナとは対照的に、ロシア国内はいまのところ国内経済は安定している。ジ・エコノミスト4月5日付の速報「引力に逆らって:ロシアの経済」によれば、いまルーブルは危機から脱し、銀行システムは安泰である。GDPも前年度比較で5%の上昇している。「石油と天然ガスの収入が流れ込んでいることもあり、ロシア経済はしばらく引力に逆らい続けるかもしれない」。
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