フク兄さんとの哲学対話(4)ヴィーコやヒュームなど

フク兄さんは風呂と理髪店が好きだ。というか、仕事をしないですむ口実が好きなのだ。今日も理髪店からの帰りらしく、なんだかとってもすっきりしている。ただ、ちょっと理髪店はサービスが過ぎたような気がする。例によって、( )内はわたしの独白。

フク兄さん おお、しばらくじゃったなあ。おまえに付き合ってやりたいと思っているのだが、忙しいものでなかなか時間が取れないのじゃよ。

わたし 今日はいちだんとおめかししているね。なんだかリボンに見えるんだけど、それ、リボンなんだろうか。(リボンに決まっているよな)。

フク兄さん なんか分からんけど、理容師さんが「おまけ」といって付けてくれたもんだから、むげに断るのも悪いとおもってな。それに、わしならこれを付けていても、だれも変におもわんじゃろ。(思うけどなあ)。

わたし ところで、前回、フク兄さんから提示された「根拠」について、けっこう多くの人が面白がってくれたんだよ。やっぱり、デカルトの「我思う、ゆえに我あり」というのは、むかし倫理社会かなんかで教えられても、ほんとうは納得できなかったんだろうな。

フク兄さん それはそうじゃ。まあ、「根拠」はお前がいいだした話だが、それにしても大きな問題じゃな。

わたし そうなんだよ。これは大問題……。

フク兄さん 昨日もカミサンが怒ってなあ。わしは、仕事場にちゃんと行ったのに、向こうさんが来ていないと苦情をいってきた。わしは行ったぞと反論したら、カミサンは「その根拠はありますのかいな?」というんじゃ。そんなこと言われてもなあ、行ったものは行ったとしか言いようがないからのう。

わたし (どうせ、途中で飲み屋かどこかに引っかかったんだろうけど)まあ、ともかく、夫婦の間でも根拠をあげないとまずいこともあるよね。哲学の話にもどせば、前回のデカルトが近代哲学の祖ということになっているけど、「我思う、ゆえに我あり」という議論のしかたには、当然、反論があったんだ。18世紀前半、ジャンバティスタ・ヴィーコというイタリア人は、そんな思いつきを根拠にしたのでは、なんでもいいことになってしまうじゃないかと言ったんだ。

フク兄さん ヴィーコ?、しらんな~。でも、言っていることはもっともなことじゃ。

わたし 神さまがいたとして、あるいは、すべてを決める存在がいるとして、もし、正しいことを人間に伝えているとしたら、それは、人間の思いつきみたいなものじゃなく、人間が体験している歴史を通じて伝えようとするはずだといったんだ。

フク兄さん それはまた、大げさな話になったもんじゃな。

わたし このヴィーコの考え方は、その後、ヨーロッパ歴史哲学の源流となった思考法で、神さまや絶対者を前提としていなくとも、この世界の歴史展開や伝統が、われわれが根拠とすべきものだという思想なんだ。

フク兄さん なあ、そろそろ、どうじゃろ。今日は山形の出羽桜あたりがいいんじゃが。

わたし ええ? まだ、話し始めて10分もたっていないんだよ、(もう、僕がいい話してるのに)もう少し待ってよ。え~と、なんだっけ……あ、そうだ、根拠の問題だけど、たとえば18世紀イギリスのデビッド・ヒュームという人は、知性とか感情は、神さまあるいは自然が人間に与えたものかもしれないが、道徳とか社会のルールというのは人間が作ったものだというんだ。でも、それが積み重なれば十分に根拠となる。ただし、それが数学の証明みたいな意味で「正しい」とはいえないといいだしたんだ。数学は頭の中のことだけど、道徳はそうじゃないからね。

フク兄さん よくしゃべるのう。しかし、道徳とかルールとかは数学のような意味で「正解」がないというのは分かる。わしがいくら正しいことを言っても、カミサンは正しいとは思ってくれん。

わたし ヒュームという人は、当時としては珍しい無神論者だったから、そういう議論は教会からは危険思想とされたんだ。でも、よく考えると、歴史のなかに神の恩寵が表現されているというのと、神は存在するかどうか分からないけど、人間の営みが積み重なってできたものには、それなりの根拠が生まれるというのは、かなり微妙だけど底で繋がっているところがある。つまり、逆に考えれば……。

フク兄さん 逆に考えれば、世の中のことで正しいとか間違っているとか言いたいときには、ほかに言いようがないかもしれんからのう。

わたし そうそう(あれ? これでいいのかな)。それで、ヒュームは懐疑論者とされたんだけど、18世紀ドイツのイマニエル・カントは、ヒュームがいなければ自分の哲学もなかったといって称賛したんだ。つまり、ヒュームは人間はいってみれば感覚の束にすぎないわけで……。

フク兄さん う~ん、そういう微妙な話は、ゆっくりと一杯飲みながらのほうが、いい考えが生まれてくると思うのじゃが、どうじゃ?

わたし せっかくいいところなんだけど、ま、いいか。僕も何だか飲みたくなってきたし……。

フク兄さん おお、そうじゃ、そうじゃ。出羽桜は豊潤かつ淡麗で、うまいぞ。(でも、なんで出羽桜を用意していたのを知ったんだろ)。

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