ロシアとウクライナの停戦交渉(1)アメリカで可能性について模索が始まる

ロシアとウクライナの戦いは、ついにクラスター爆弾の応酬となってしまった。そのいっぽう、何らかの形での対話を試みる動きもないことはない。もちろん、それは最初から和平条約や協定を目指すのではなく、停戦のレベルまで到達できないかというものだ。もちろん、そこには多くの困難が控えているが、踏み出すべき試みだろう。

すでに何人かの人が「停戦」を提示している。たとえば、英経済誌ジ・エコノミスト5月17日号でキッシンジャーがウクライナをNATOに参加させてしまい、ウクライナをNATOの支援と制約のもとにロシアとの対話に導こうとする提案を行っている。また、ジャーナリストのギデオン・ラックマンが、昨年12月、英経済紙フィナンシャルタイムズで「朝鮮戦争の休戦という形がウクライナでも採れる」と述べたことがあった。

いま停戦の議論を展開しているのは、アメリカのランド研究所のサミュエル・チャラップで、外交誌フォーリンアフェアーズ7月―8月号に「勝利なき戦争 ワシントンはウクライナの終結ゲームが必要だ」を寄稿している。この論文に対して、何人かの専門家が同誌電子版7月13日号に反論を寄せて、さらにチャラップが再反論するという形になっている。

こまかく紹介していると、かなりの分量になるので、あえて簡潔に紹介しておく。チャラップは、ウクライナ戦争はもはや、この30年で最大の国際危機となっているので、アメリカとその同盟国は、終結へと向かわせる努力が必要だと述べ、その方法としては停戦という形をとるほかないと指摘している。つまり、朝鮮戦争は戦争の完全な終結ではなくて「停戦」という状態にしたが、ウクライナでも似たような状態を作り出せというわけである。

「この停戦の歴史的例は1953年の朝鮮戦争停戦であって、それはひたすら戦闘停止の維持のためのもので、交渉テーブルからはすべての政治的な問題は除外される。いまも北朝鮮と韓国は技術的には戦争状態にあるが、両者ともに朝鮮半島を自国の領土として主張し続けている」

これに対して、多くの批判者はざっといって、プーチンのロシアは終結ゲームの提案になど耳を貸すわけがないから、チャラップの提案は非現実的だと指摘している。たとえ対話を復活させたとしても、それは戦争をやめる協定だったミンスクⅠやミンスクⅡのときと同じように、ウクライナ東部での局地戦は再発してしまい、結局、プーチンが大統領でいるかぎり対話は実ることはないというわけである。

これらに対して、チャラップの再反論は、自分も和平条約や協定がすぐに結べるなどとは思っていないし、公式な交渉ですらすぐには難しいかもしれない。しかし、停戦のための準備はさまざまな形で可能であり、それはこれまでの戦争の終わり方や中止の仕方を振り返っても、けっして幻想ではないと反論している。

「モスクワとキーウの対話は必要だが、和平条約など問題外であるのは分かっている。だから、最も可能性が高いのは停戦(アーミスティス)交渉だというのである。停戦は本質的に耐久性のある戦闘停止の合意であって、政治的議論に根差したものではない。だから、紛争そのものを終わりにはしないが、当面の流血はやめさせられるのだ」

もちろん、こうした「停戦」についての議論は、チャラップは最初の論文で述べているので、批判する側がまったくわかっていないわけではない。しかし、ロシアの戦争の理由を考えれば、ウクライナが独立を維持できるとは思えない。たとえ停戦にしても、かつてのミンスクⅠやミンスクⅡが反故にされたように、再発は自明ではないか。それならば、徹底的にロシアを追い詰めることでプーチンを失脚させるしかないという論理に傾くわけである。

しかし、チャラップの最初の論文では、なぜ停戦という案を提示しているか、かなり細かに論じていた。何よりチャラップが強調していたのは、ウクライナ戦争はすでにこれまでの小規模な紛争のレベルを超えており、戦場で多くの犠牲が生じているだけでなく、もはやアメリカやその同盟国の経済に対しても多大な被害を生みつつある。

「このレベルまで達してしまった国家間の戦争は、対話なしで(なし崩し的に)終結していくなどということはあり得ない。われわれは、この戦争が地域紛争のレベルに封じ込めることのできる段階を、すでに過ぎてしまっているのだ」

実は、正式の停戦交渉や和平協議は行われていないものの、アメリカはすでにウクライナ抜きでロシアとの対話を始めているのではないかとの指摘もある。さらには、ワシントンポスト紙が7月2日にスクープした記事「CIA長官、ウクライナに秘密の訪問」などによれば、バーンズ長官が6月にキーウを訪れて、ゼレンスキー大統領や情報機関のトップと会談したが、それは停戦交渉の開始の感触を得るためだったというものだ。

もちろん、ゼレンスキーは今年中にロシア軍をウクライナ領土から駆逐し、停戦交渉を行うとしてもそれからだと、これまでの強気の姿勢を変えていないように見える。しかし、現実はかなり違ったところに来ていて、いまの時点で停戦交渉の可能性を追求しないと、ロシアとアメリカが交渉において勝手に先行してしまう危険も感じているようだ。このシリーズでは、和平交渉ではなく停戦交渉について、その進展をレポートしていきたい。

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