仮想通貨の黄昏(6)IMFがエルサルバドルに仮想通貨法定化の放棄を勧告
IMFがエルサルバドルにビットコインの法定通貨化を放棄するように勧告した。同国は昨年9月からビットコインを国内において法定通貨とすることを宣言し、公的資金を用いてビットコインへの投機的行為を行ってきた。ここにきてビットコインのレートが下落したことから、同国の経済に悪影響を与えることが明らかになり、また、世界通貨体制にとっても不安定性をもたらすことを懸念していると思われる。
とはいえ、最初から投機対象でしかないビットコインを、法定通貨だと宣言したときに、強く警告をあたえておくべきだった。この「政策」を採用したナジブ・ブケレ大統領は、40歳と若い元投資家出身の人物で、その投機スタイルをそのままエルサルバドルの統治に持ち込んだ。ビットコインが未来の国際通貨だと信じ込んでいる人には「先駆的」と見えたかもしれないが、価値の上下が激しい暗号資産を法定通貨にすれば、国内の経済を不安定にするだけでなく、対外的な貿易も混乱の極みに至ることになる。
フィナンシャルタイムズ紙1月26日付は「IMFはエルサルバドルにビットコインの法定通貨化を放棄するよう勧めている」を掲載して、「最近の乱高下にもかかわらずナジブ・ブケレは暗号通貨で2倍賭けを始めた」とあきれ顔で報じている。「ビットコイン信奉者のブケレ大統領は、政府保有の数千万ドルを暗号資産(仮想通貨)の購入にあて、そして損失を重ねてきた。先週には電子通貨が六カ月ぶりの低価格に落ちたというのに、なんと2倍賭け(マーチンゲール法ともいう:註を参照)を行なっているのだ」。
興味深いのはアメリカのエルサルバドルとの関係についた述べた部分である。「アメリカとエルサルバドルとの関係は、ブケレが大統領になってから険悪なものになっている。アメリカの駐エルサルバドル代理大使は同国を退去したが、それは『関係を続けていても、アメリカが得るものはない』からだという」。
ブケレの「野望」をやんちゃな人物の面白い試みと考えている人は、法定通貨というものを真剣に考えているとはいえないし、また、国際通貨体制の現実がさっぱり見えていないということになるだろう。変動相場制なのだから国際通貨体制は金融市場にゆだねられているのであり、主権通貨をもっている国は政権の思うままに運営できると思うととんでもない状況に陥ることになる。
まず、国内の経済がガタガタになり、国際経済関係も信用を失うのである。ましてや政府の資産で暗号資産を買って、公的にも私的にもひともうけしようという人物が金融政策をつかさどるようになったら、その先には破綻しかない。法定通貨は価値の交換だけでなく価値そのものの基準として機能しなければ、その国の経済は安定しない。
ついでだからいっておくが、独立国家が不換通貨で変動相場制を採用すれば、国際経済はうまくいくと信じているMMT信奉者においても、不換通貨ではあってもドルが基軸通貨の体制にあることを認識しないのは不思議である(コロナ禍の影響でユーロによる決済が一時上回ったが、いまも40%を超える。人民元は2%台)。たしかに各国の通貨は不換通貨だが、良くも悪くもアメリカ(そしてEU)のステイトクラフトによって国際通貨秩序が与えられており、それは国際決算のかなりの部分がまだまだドルかユーロで行われていることを見れば明らかだろう。
啞然とするのは、日本のMMT輸入元のなかには、不換通貨なのだから通貨発行はまったく政府の都合で、負債の形をとらずにできると思い込んでいる人がいることで、こんなことはMMTの家元たちも主張していない。だからこの説はすごいという能天気な人もいるようだが、実は、すでに貨幣理論的には馬脚を現したということなのだ。
野放図に、全体の金融システムのなかで(金利によって)位置付けられずに通貨を発行できるとなれば、それはジャイアンが支配する子供銀行ごっこになるわけで、対内的にも対外的にも金融秩序は恐怖政治を経由して破綻する。こうした能天気な発想に通底している、でたらめな自国通貨管理の戯画を、皮肉なことに(当然のことに)仮想通貨の信奉者であるブケレが見せてくれているわけで、エルサルバドル国民には申し訳ないが、きわめて参考になる例を示してくれているとしか言いようがない。
註)2倍賭け、あるいは2倍プッシュともいう。負けた金額の2倍を賭け、また負けたらその合計金額の2倍を賭ける。確率論的にはいつかは勝てるはずだから、最終的には勝つというわけである。しかし、確率が低い場合には途中で掛金が枯渇するので敗北する。ブケレの場合には公的資金を使うが、これもエルサルバドルの外貨準備がなくなればお終いである。しかし、それ以前にクーデターか外国の圧力によってブケレは排除されるだろう。
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