仮想通貨の黄昏(3)裁判でサトシ・ナカモトの正体が分かる?
アメリカのフロリダ州で、ビットコインを共同開発した2人のうちの1人が自分たちの父親(夫)だから、もう1人の共同開発者がもっているビットコインの半分は、自分たちのものだという訴訟を起こした。訴えたのは2013年に亡くなったデーヴィッド・クレイマンの家族(以下、クレイマン家)で、訴えられたのはビットコインを発明したのは自分だと主張しているクレイグ・ライトである。(裁判の判決だけを知りたい人は最後の【追記】をどうぞ)
2008年にサトシ・ナカモトの名前でビットコインの基本となる論文がネット上で発表され、それがいまのビットコインの仕組みの元になっていることはご存じだろう。ところが、そのころからサトシ・ナカモトが何者なのか分からなかった。その後、多くの人がサトシ・ナカモトだと主張し、あるいは指摘されたが、実際のところ今も分かっていない。(左がクレイマン、右がライトである)
訴えられたクレイグ・ライトは、2016年に自分がサトシ・ナカモトだと名乗り出た。しかし、それまでの多くの人が名乗り出て、チェックされて本物ではないとされてきた。ライトも偽物だと指摘され激しい批判にさらされ、結局、3日後に主張を取り下げてしまった。それなのにまた、最近、自分こそが本物だといっているという。
ウォールストリート紙電子版11月13日付は「ビットコインの発明者サトシ・ナカモトの正体がフロリダ法廷で明らかに」との記事を載せて、この奇妙な訴訟について紹介しながら、法廷が決着をつけるなら、サトシ・ナカモトの正体が分かるのではないかとほのめかしている。
また、デイリーメール紙電子版11月14日付も「ビットコインの発明者サトシ・ナカモトの正体が、640億ドルをかけた仮想通貨裁判でついに明らかになるか」との記事を掲載して、デーヴィッド・クレイマンやクレイグ・ライトが、どのような人たちなのかを紹介し、さまざまな識者たちのコメントを載せている。
しかし、ちょっと考えれば分かることだが、まず、ライトが本当にサトシ・ナカモトなのかを突き止めなければ、この裁判自体が成立しない(写真右:ウォール・ストリート紙、ライトはパフォーマンス豊か)。たとえば、クレイマン家が主張しているように、故クレイマンとライトが何かを共同開発をしていたことが証明できても、その何かがビットコインであると確定されなければ、ライトが持っているらしい100万ビットコインの半分の、50万ビットコイン(現在650億ドル相当)はクレイマン家のものだといっても意味がない。
すでにこのシリーズで指摘してきたように、ビットコインが将来的に公的通貨になると言う事態はあり得ないことで、せいぜい仮想通貨に使われている技術が、公的電子通貨に使われるだけのことだ。そして、そうした公的電子通貨の時代になれば、すべてが履歴を持つことになって、金融業界は闇の領域が白日の下に照らされることになり、かえって損をすることもあり得るのではないか。
そもそも、いまのビットコインの保有分布を見れば、このビットコインなるものの仕組みが、ていのいい「ねずみ講」であって、先に大量のビットコインを押さえたものが圧倒的な得をして、あとから手に入れた者は圧倒的な損をする。たとえば、暴落するさいにも大量のビットコインを持っている人間は情報収集において優位に立っている可能性が高く、少量のビットコインしかもっていない、にわか投資家などは情報を得られず逃げ遅れるだけのことだろう(写真はデイリーメールより:クレイグ・ライト)。
いま、金融機関や先物市場がビットコインを扱うようになり、あるいは投資家たちに勧めたりしているのは、扱えば手数料が入るからであって、ビットコインが公式通貨になるからではない。そうしたビットコインを扱う金融機関は、顧客を①ビットコインが将来公式通貨になると信じている人たち、②ポートフォリオ上バランスを取るためにビットコインも組み入れているだけの人たち、③一攫千金的な状況が来ることを期待して投機的に保有している人たちの3種からなると考え、②の人たちとの付き合いを増やしていきたいというのが本音らしい。
ここにあげたビットコインの保有分布表は、いまのところ誰にでも手に入るものだから、ぜひ自分でも検索して、その非情なまでに格差がつけられた分布をしっかりと見たうえで、ビットコインになけなしのお金の投資するかを決められるとよい。上位0.38%の保有者だけで全体の85.8%を所有してしまっているのだ(注:上位といっても、この表では下から足してゆく)。よほどのことがない限り、これから参入して、いい思いをするなど不可能とわかるだろう。
さて、前出のウォール・ストリート紙によると、「クレイマン家の弁護士は、2人に100万ビットコインを開発・採掘するパートナーシップがあったことが、証拠によってあきらかにされるという。原告側は2人がビットコインの誕生から、共同でかかわっていたことを示す証拠を提出するらしい」。残念ながらサトシ・ナカモトの正体が分かるまでには、まだ道のりがありそうだ。
【追記】米フロリダ州の陪審員は、12月6日、共同でビットコインを開発したというクレイマン家の主張を退けた。ただし、クレイマン家が訴えていた10件のうち、ライトがクレイマンと共同所有のビットコインを売却したという主張は認め、1億ドルの支払いを命じたという。(ウォールストリート11月6日付「サトシ・ナカモト裁判で判決は共同開発の証拠はないとした」)サトシ・ナカモトの正体を暴くにはほど遠い裁判だったが、初期に大量のビットコインを所有した者が、どれほどの資産を手にしているかを垣間見せる事件ではあった。
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