長澤まさみの艶姿を見よ!;『コンフィデンスマン JP プリンセス編』は快作中の快作
『コンフィデンスマン JP プリンセス編』(2020・田中亮監督)
映画評論家・内海陽子
男性はむろんのこと、女のわたしも惚れる長澤まさみの艶姿がふんだんにちりばめられたエンターテインメントだ。女ざかりの女優は、人間の暗部を突き詰めるような映画より、やはり、はちきれんばかりに躍動する映画でこそ本領を発揮する。映画自体がそのことを高らかに宣言し、観客に一片の違和感も与えない。詐欺師が高級リゾート地で活躍する物語だから、仕掛けのあれこれを楽しむべきなのだろうが、ラフにかまえ、目を細めて長澤まさみを観ていればリゾート気分は最高潮に達する。
ところはシンガポール。大富豪のレイモンド・フウ(北大路欣也)が亡くなり、莫大な財産が残された。我こそは跡取りに、と高飛車に構える長女ブリジット(ビビアン・スー)、長男クリストファー(古川雄大)、次男アンドリュー(白濱亜嵐)に向かい、執事のトニー(柴田恭兵)は、すべての財産を隠し子ミシェルに相続させるというレイモンドの遺言状を読み上げる。愕然とする三姉弟のもとに、意気揚々と乗り込んできたのが詐欺師のダー子(長澤まさみ)一味。ミシェルに仕立て上げられたのは街でスリのヤマンバ(濱田マリ)にこづかれていた孤児のコックリ(関水渚)だが、おどおどしつつも気品と清潔感を感じさせ、ひょっとしたら本物のミシェルか? と思わせもする。
ダー子らは巧みな連携詐術でコックリの遺伝子検査をすりぬけさせ、レイモンドの血を引くミシェルへとまた一歩前進させる。計画としては、それ相応の手切れ金を受け取ってトンズラするはずだったが、コックリは正式な相続人に認定されてしまう。母親に化けたダー子ともども3か月間の“プリンセス教育”が開始されて、さあ大変というところだが、ダー子もコックリもなんだかウキウキしているかんじだから、観ているこちらもウキウキする。母子ダブルの「マイ・フェア・レディ」養成である。
障壁らしい障壁といえば、三姉弟にコックリが命を狙われることや、フウ家の主人の証である印章をめぐるてんやわんやがあるが、どれも子供だましの態で切迫感はない。焦点は次第にダー子がコックリに掛ける思いに絞られ、若くてきれいな母親と、初心で純真な娘という嘘くさい設定が説得力のある絵になって展開される。長澤まさみはニセの母親ならではの気軽な明るさでニセの娘をリードし、そこにするりと真の母心をたくし込んで見せる。関水渚は受け身だが、その受け身具合が可憐で何もしないのに観客をも魅了する。長澤まさみと相対して、彼女に鼻先をつままれてはにかむシーンなどまさに“プリンセス”である。
今回のテーマは金をだまし取ることではなく、どうやらだますことそのものにある。しかもそれは世のため人のためという趣まで醸し出し、一種の義賊の物語に変貌する。それは印章の取り扱いに顕著だが、詐欺師たるものこんな好機をこういう形で逃してしまうだろうか、という疑問が湧かないでもない。犯罪者には犯罪者のモットーともいうべきものがあるはずではないか。などという小うるさい声を封じ込めるかのように、豪華俳優陣が次々にさまざまなおとぼけを演じて観客を煙に巻く。
たとえばダー子とボクちゃん(東出昌大)が、トニーが金庫から印章を取り出すところを目撃するシーン。昼日中、明るい窓のカーテンは開いており、部屋の中は丸見えだ。そこから二人がトニーの様子を覗き見る。彼らの行動をトニーは先刻承知と思うのが常識だが、結局、トニーはそこまで気が回っていなかったとわかる。柴田恭兵演じるトニーは、フウ家にひたすら忠実なだけで、さほどの策士ではないのである。ちょっとしたフェイント攻撃だ。賢そうに見せながら、柴田恭兵も終始おとぼけ演技なのである。
最後に明かされる最も大事な“映画の仕掛け”は伏せるが、このちょっといいエピソードに象徴されているのは“信頼”の一言である。誰を信頼するか、どういう言葉を信頼するかに、その人間の真の賢さが表れ、同時に深い絶望と断念も表れる。この世の苦い真実をちらりと閃かせ、あくまで上機嫌で幕を閉じるのがこの映画のマナーのようだ。劇場版第一作『ロマンス編』よりぐんと洗練された快作中の快作である。
◎7月23日より全国公開
内海陽子プロフィール
1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の新刊が出ました)
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