破裂に向かうAIバブル(9)電力インフラ・バブルが崩壊寸前だ
アメリカを中心に株価がバブル状態だが、それ以上に電力インフラ産業が異様に沸き立っている。この2つのバブルは強い関係があると見たほうがよい。送電網への激しいまでの投資は、急速な電力消費の増加だけでなく、将来的な電力不足を見越したものだからだ。需要の増加がインフラの増設を呼び、インフラの増設が電力関連株の急伸を生み出し、そして株の急伸が電力需要やインフラ増設への機運を創り出す。これは素晴らしい利益をもたらす「スーパーサイクル」かもしれないが、いったん逆転すれば損害が拡大する「悪魔のサイクル」となる。
まずは、英経済誌ジ・エコノミスト1月5日付に掲載された「新しい電力スーパーサイクルが進行中」を読んでみよう。この記事はイタリアの電力企業シュナイダー・エレクトリックの最近の盛況ぶりから始まっている。過去1年で同社の時価総額は3分の1以上増加して約1400億ドルに到達した。同社の工場フロアでは大規模な拡張工事が行われ、作業員たちがAI開発を支えるデータセンターのコンピュータ冷却装置の組み立てに余念がない。
もちろん、他の電力企業も同じような状況にある。たとえば日本の日立の時価総額は2022年初頭と比べて約3倍になっている。ドイツのシーメンス・エナジーは風力発電部門での混乱を克服して株価が昨年300%の急騰をみた。GEからスピンオフして生まれた電力設備企業GEバーノバのスコット・ストラジック氏は、いまや電力業界は「スーパーサイクル」が形成されつつあると指摘している。国際エネルギー機関(IEA)は、送電網への投資が2022年の3000億ドルから2024年には4000億ドルに達したと報告した。
ここまでの電力ブーム、正確には電力インフラブームは、なぜ起こっているのか。第一に、発電の脱炭素化が大きい。風力や太陽光による発電は、気象条件が良好である地域から、送電網を拡大して他の地域に送電しなくてはならないのだ。第二に、エネルギー消費に占める電力の割合が急進している。電力が自動車、家庭暖房、産業プロセスに使われるようになり、それが急激に拡大している。
第三に、世界全体を見た場合、エネルギー需要全体も急激に伸びていることも大きい。とくに発展途上国でも経済成長とエアコン使用拡大のため、先進国並みのエネルギー消費を支えなくてはならなくなっているのだ。第四に、大手テクノロジー企業によるAIへの投資も、エネルギー需要を加速させている。一部のデータセンターは原子力発電所の発電量に匹敵するエネルギーを消費しているという。第五に、こうした電力エネルギー供給を支えるために、ものすごい勢いで送電網が整備されているのである。
この状態は誰でも分かるようにバブルのサイクルを生み出している。はたして、このスーパーサイクルは続くのだろうか。すでに多くのボトルネックが指摘されている。たとえば、エネルギー・コンサルタント会社ウッドマッケンジーは、世界的な変圧器不足のために価格が60~80%値上がりし、供給までの待ち時間が3倍の5年以上になったという。「これが変圧器のサプライヤーに設備投資とイノベーションの両方で拍車をかけている」。
「もし、電力のスーパーサイクルが実現しないような場合、こうした機器を製造している企業には悪夢が現実のものとなるだろう。事実、すでにEV販売の伸びは先進国で鈍化しており、AIブームも崩壊の兆しが何度も見えている。こうした不安を払拭するため、前出の日立では大口顧客に前もって生産能力を確保することを勧めており、カスタマイズ注文から設計のフレームワーク契約への移行を試みているという」
こうした記事を読みながら振り返ってみれば、1997年から2000年にかけてのITバブルにおいても、バブルのさなかにあるアメリカの企業や政府関係者の少なからざる人たちが、「これはバブルだ」と気がついていた。しかし、彼らのかなりの部分が「それでもインフラは将来的に必要になるから」と考えて、当時のブームに便乗してインフラ整備へと誘導したといわれる。では、それはうまくいったのか。
必ずしもそうではなかった。その当時の技術でつくったインフラは、将来的には時代遅れになってしまうし、旧式化の速度はいまのような急速な技術革新の時代にはきわめてはやかった。バブルは経済を活性化するには必要だという議論は当時もあったが、インフラの規模が大きく、技術レベルが高い時代にあっては、その崩壊による損失は大きく、またリスクの確率も高いと思われる。
いったんバブルが崩壊すれば、バブルの部分だけが崩壊するのではない。バブルを超えて有効と思われる部分までも崩壊する「オーバーシュート」が生じてしまう。また、バブルが崩壊を始めるのはどこからかは分からない。電力バブル崩壊の原因がAIバブル崩壊かもしれないし、その逆もありうる。もちろん、いまのようないくつもの戦争が続く状況のなかでは、ちょっとした戦局の転換がバブル崩壊のきっかけになることもある。
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