ブレグジット以後(7)労働党の「大勝利」はさらなる混乱の始まり

英国の選挙はキア・スターマー率いる労働党の大勝利で、14年ぶりに保守党は政権の座から転げ落ちることとなった。それにしても労働党は412もの議席獲得で、保守党の121議席を大きく上回っているのが目をひく。よっぽど保守党への失望が大きいのだろうと思うのは間違ってはいないが、しかし、大勝利したはずの労働党への期待も、実は、以前より低下しているというのもまた現実なのである。

英経済紙フィナンシャルタイムズ7月5日付にコラムニストであるジョン・バーン=マードックの「労働党はその矛盾連合を維持できるのか」が掲載されている。バーン=マードックは35歳のコラムニストで、日本ではあまり知られていないが、ネット上での活躍が多く、若い人ならパソコンで名前を見たことがあるかもしれない。この記事では今回の選挙行動データから、この「大勝利」が選挙制度の欠陥を示すものであり、労働党の内部をちょっと覗けばいずれ矛盾が噴き出すことが分かると述べている。

まずは、同紙に掲載された数十年にわたる、英国の総選挙結果を見ていただきたい。この国は二大政党制の枠組みをなんとか維持しているが、ときどきオーバーシュートが生まれる。これは小選挙区制を基本とした選挙制度にはつきものの現象で、それ自体はそれほど珍しいことではない。ただし、今回の選挙のように、投票者の数の分配と議席数の分配が極端な歪みを生み出すことは、必ずしも多くはない。これまでは政権党に何らかのプレミアムが付くのは、政権の安定にとって必要だという考えが認められてきた。

ところが、今回の労働党の「大勝利」は、かつてのブレア労働党政権誕生のさいとはちょっと違うとバーン=マードックはいうのである。何が違うか? 労働党への期待が違っている。普通は期待が大きくなった党が政権をとる。今回は労働党への期待はむしろ下がっているのに、あまりに保守党がひどいので、労働党に票が流れたのである。そしてそれは選挙制度の欠陥をきわだたせる結果をもたらしたというのだ。彼が提示しているのは労働党への「推し」のグラフで、それが前回負けたときより今回のほうが低下している。

「キア・スターマーの労働党は2019年の(負けた)選挙よりも50万票ほど少ない獲得数であり、しかも、3分の1の有権者の票しか獲得できていない。にもかかわらず、我が国の独特の選挙制度では、多数派どころか412議席もの、史上、第2位の記録で勝利することができるのである」

バーン=マードックがもうひとつ指摘しているのは、労働党内部の分裂についてで、特にブレグジットの最大のテーマとなった移民の制限については、まったく逆の主張を続けている集団が同居しているという。今回の選挙での労働党議員に投票した人たちの移民に対する考え方は「深く分裂」している。たとえば、労働党議員の投票者のなかの3分の1は、これまで保守党が移民にとって不十分な環境しか与えなかったことに怒りを覚え、さらに移民を受け入れるべきだと考えている。いっぽう、同じく労働党議員に投票しながら約40%の人はいまでもすでに移民は多すぎ、あまりにも多くの難民を受け入れすぎているという立場なのである。これは不思議でもなんでもない。投票者のなかには、もちろん仕事を移民にとられたくないという根っからの地元民も多いだろうが、そのいっぽうで移民も多くいるわけで、また、かつて難民であった者もいるはずだ。さらに人道的な立場から移民や難民は拒否すべきではないという英国生まれの労働党支持者もいるだろう。

いずれにせよ、保守党はブレグジットを実施したから難民拒否党であり、労働党はその保守党への反対党なのだから難民受入党だというような分類はまったく成り立たない。逆に保守党支持者は経済界が多いので安い労働力が必要であり、労働党支持者は既存の国内の労働者を守ろうとするという単純な見方も成り立たない。グラフが示しているように、移民についてさまざまな視点からの質問については、同じ労働党支持者であっても、まったく別の2色の勢力が拮抗している状態なのだ。

「今回の労働党の多数派形成は注目に値するものだったが、それはきわめて脆弱な基盤の上に立っている塔にすぎない。ダウニング街10番地(首相官邸の所在地)にスターマーを送り込んだ投票者の連合は、そそり立つ摩天楼などではなく、単なる砂の城として認識すべきなのである」

日本でも2009年に当時の民主党がバカ勝ちして、日本の政治と経済に大混乱をもたらしたことがあった。しかも、2年後の東日本大震災にさいしては増税政策を打ち出すなど、事態をよく理解していないような政策によって有権者の支持を失い、2012年には政権を明け渡している。しかも、その後、民主党はリーダーシップの確立に悩み、ついには自分の党を他の新党に売り渡す裏切者の党首が現れて崩壊した。

こうした体験を積んだ国民からすれば、これから英国で展開する大混乱はそれほど目新しいもののようには見えないかもしれない。しかし、こんな困難に立ち向かう英国であっても、労働党がダメになったときの受け皿くらいはいまも存続している。日本ではすでに2大政党制が完全に崩壊して、どんなに今の政権がダメでも政権交代すら実現できない。この点、英国のほうがまだマシだといえるかもしれない。

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