永遠性を獲得した異形の少女;『エスター ファースト・キル』が暴く家族の狂気
『エスター ファースト・キル』(2022・ウィリアム・ブレント・ベル監督)
映画評論家・内海陽子
一見、行儀がよく賢そうな少女が残虐な本性をあらわにし、平和に見えた一家を破壊していく。第一作『エスター』(2009)は、見世物小屋で得体のしれない怪物を見せられる怖さで、われわれは恐怖心とともに好奇心を大いにあおられた。しかし第二作では、作る側はもう同じ手は使えない。そこで編み出されたのは、怪物“エスター”がどのように出来上がっていったのかという過去の物語だ。この前日譚が第一作と大きく違う点は、今回、われわれはエスターに感情移入できるのである。
脱獄物が好きなわたしは、冒頭、ヒロインが精神病院から脱走するシーンで大いに心弾む。簡単に血祭りにあげられてしまう人々には申し訳ないが、これは彼女がスター街道を走り出す際の助走台のようなもので、彼らは無駄死にではない(合掌)。とある場所で心を落ち着かせ、情報を収集し、考え、数ある失踪者の中から自分とよく似た少女エスターを選び出したヒロインは身支度を整え、新しい世界に一歩を踏み出す。援助してくれる者は誰もいない。頼りになるのは自分の運と知恵、体力だけである。
誘拐された先から逃げ出したという作り話が通用し、エストニアからアメリカのコネチカット州にやってきた彼女は、首尾よくエスター・オルブライト(イザベル・ファーマン)になりおおせた。裕福な慈善家の母トリシア(ジュリア・スタイルズ)と兄ガンナー(マシュー・フィンラン)は4年ぶりの再会によるぎこちなさを隠せないが、画家である父アレン(ロッシフ・サザーランド)は愛娘の帰還に驚喜する。いままで気づかなかったエスターの絵の才能やピアノ演奏の巧みさに感嘆し、父と娘は仲睦まじい時を過ごす。
今まで、彼女はどの家に入り込んでも金目のものを盗んで逃げ出すのが常套手段だったが、アレンへの執着からオルブライト家にとどまろうとする。まるで本当の父娘のようになれそうな気がするからだ。これは、彼女が更生の道を歩み出そうとしたとも考えられる。もしうまく変えられるものなら変えてしまいたい過去だ。しかし、ここに困難な事態が立ちはだかる。彼女をうさん臭く思う刑事が身辺を探り出したのだ。
そもそも現代の話だというのに、本物のエスターだという証拠調べ(血液型判定やDNA鑑定)もせずにエスターと認定してしまっていいの?と思っていたが、刑事は指紋のチェックをして、エスターがニセモノだと判定する。この時点でエスターは真の怪物にならざるを得なくなり、それを後押しするかのように「オルブライト家の怖い真実」が明らかになる。こうなると、エスターはある意味で罠にかかったようなものである。
「真実」が何かはむろん明かせないが、だいたいにおいて家族と言うのはさまざまな秘密や不都合な真実を抱えているものだ。エスターが怪物になってしまうのはこの家族にある負の要素が原因である。ということは、ニセモノが登場しなくても、この事態は起こりえたのであり、避けられない悲劇=喜劇だったと言える。物語上、エスターが罰を受けないのは前日譚だからではなく「被害者」だからである。
家庭というのは、人々が何食わぬ顔をしていても、狂気が生まれ育つ場所であると言っていいだろう。オルブライト家はエスターという存在に滅ぼされるのではなく、すでに家庭内に巣くっていた魔物のようなものに滅ぼされるのである。そのことはオルブライト家に限った話ではない。エスターは自分の生き残りをかけて必死に行動しているが、実はすぐれた嗅覚をもって魔物の巣くう家を見抜き、果敢に裁くべき役割を与えられているのではないだろうか。
第一作のとき、10歳にして“実年齢33歳の異形の少女”を演じて喝采を浴びたイザベル・ファーマンは、今回、25歳にして同じ役柄に再挑戦している。幼く見えて実際は成人した女性、という設定がよりリアルになり、エスター像の奥行きが増したように思える。今後、さらに高度な撮影テクニックを用いることでイザベル・ファーマンは永遠性を獲得し、エスターとして魔物が巣くう多くの家での活躍が可能になる。それを長く見続けたいと思う映画ファンは少なくないだろう。
●3月31日より全国ロードショー
内海陽子プロフィール
1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら)
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