田中圭の『女子校生に殺されたい』;目当ての少女を見つけ出せ!
『女子高生に殺されたい』(2022・城定秀夫監督)
映画評論家・内海陽子
ネアカなイメージの田中圭は“巻き込まれ型”キャラクターが一番似合うと思っているが、だとすればなおさらネクラで能動的な役に挑戦したくなるのだろう。今回は、女子高生に殺されたいと強く願う高校教師の役である。なぜ女子高生なのか、女子中学生や成人女性ではだめなのかと疑問に思うが、彼がかねて目をつけていた女子が女子高生になるのを待っていたからであった。そこに作劇の都合を感じないこともないが、巻き込まれ型でない以上、彼が女子高生の群れに襲われ、わけもわからぬうちに半殺しの目に遭うなどということはないので、ファンは安心である。
希望に胸をふくらませて「二鷹高校」に赴任してきた東山春人(田中圭)。彼の願いは目当ての女子を見つけ出し、自分を殺させることである。物心ついたころから“オートアサシノフィリア”(自分が殺されることに興奮を覚える嗜好)だと自覚した彼は、臨床心理士を目指していたが、あるとき怪力で変質者を撃退、殺害した8歳の少女の存在を知り、心を奪われる。少女の治療チームに加わったものの、治療を終えて去った少女を忘れがたく、彼は教師になり、2年生になった彼女の高校に現れる。爽やかなイケメン教師の風体だが、心中では自分の欲望を満たすため、他の女子生徒まで操ることを考えている。
映画だから当然とはいえ、女子生徒は美少女ぞろいである。予知能力を持つ内気なあおい(河合優実)、その親友の真帆(南沙良)、肉体鍛錬に打ち込む愛佳(茅島みずき)、コケティッシュな京子(莉子)がメインの登場人物で、その他の少女もみなすらりと美しく、端整な映像が彼女たちを愛でる。『櫻の園』(1990・中原俊監督)を思わせる少女たちの繊細な内面ドラマが展開されそうな趣だが、「違いますよ」と言わんばかりに田中圭のナレーションがはいり、なんだか憎めない。
東山は自意識過剰の京子の自尊心を巧みにくすぐり、文化祭の演劇の出し物として「エミリーの恋人」を推薦する。彼女に台本を書かせ、助言する風を装って彼の計画に沿った台本に仕上げていくので、東山が自分を特別視していると錯覚した京子は有頂天になる。メインの女子生徒のうち3人が東山に好意を寄せており、ときどき長い髪の二人はどちらがどちらかわからなくなるので、ミステリー度も高まる。とにかく文化祭の「エミリーの恋人」上演中に、東山はその甘美な自己殺害計画を実行に移そうとしているのだ。
その少し前、猟奇的事件が発生し、生徒たちの心のケアのために臨床心理士として深川五月(大島優子)がやってくる。東山のかつての恋人だった五月は、いまも彼との別れに納得がいかず、それとなく彼の動向に目を光らせる。もっと本格的に、彼女の目線で事件を追う展開にしたほうがこの物語は盛り上がるような気もするが、この映画ではそういう手法は取られない。あくまで東山に花を持たせ、彼のナレーションを多用して物語を進めていく。彼が孤独に手記をつづるシーンが何度かあるが、東山は人間の生死について真剣に考えている、学究肌の変質者なのである。城定秀夫監督は、そういういうイメージを観客にしっかり持たせたいのだろう。
東山の目当ての少女が誰かは伏せておくが、その少女は精神的な障害を抱えている。それが特定の人間にしかわからず、現在、何の治療も受けていないのはともかく、その障害を利用しようとする東山に対して、彼女があまりに無力なのがちょっと気になる。もし障害=才能という風に考えることができるなら、彼女こそが彼の計画を見抜き、物語を大胆に飛躍させる要の人物になれる。そういう段階に至ったところで東山と対決させたら、もっと華やかな見せ場になりそうだ。
ともあれ、エンディングは興味を引く。記憶障害者となって病室にいる東山のもとへ、かつての目当ての少女が見舞いに訪れる。彼女は花瓶に赤い花を生け、なにごともなかったように退出するのだが、病室の窓から遠く去って行く生徒3人を見送る東山の視点が少し高いようだ。彼女が退出した後のシーンが現実か幻覚か、はたまた見舞いのシーン全部がファンタジーなのかはわからない。むろん、この映画の場合はわからないのが魅力なのである。
◎2022年4月1日より全国公開
内海陽子プロフィール
1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら)
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