二人はともに優しい女房のよう;西島秀俊と内野聖陽の『劇場版 きのう何食べた?』
『劇場版 きのう何食べた?』(2021・中江和仁監督)
映画評論家・内海陽子
遅まきながら観たテレビシリーズで、西島秀俊と内野聖陽が演じる「シロさんとケンジ」に好感を抱いたので、劇場版には大好きな友だちの顔を久しぶりに見るような気分で臨んだ。リラックスしているけれど緊張する。いささかも失望したくないからだ。わたしと同じ気持ちで臨む方が多いと思うが、どうぞご安心ください。二人は相変わらず明るくデリケートに暮らしている。二人の場合、ゲイのカップルであるということが周囲への気配りになり、自分や他人の人生についての思索を深め、どんどん優しくなっているかんじだ。
誕生日のプレゼントだと言って、シロさん(西島秀俊)が京都旅行に連れ出してくれたのが嬉しく、幸福感が強すぎて「もう、死んでもいい!」と口走ってたしなめられるケンジ(内野聖陽)。もうすっかりおなじみの「言葉のいちゃつきあい」が、おどけた調子でなめらかに展開される。シロさんのことが好きでたまらないケンジは、幸福感の後にとんでもない絶望感に襲われるのではないかと想像して身もだえするが、思い過ごしだった。いや、そうとも言えない。ゲイのカップルにとって最大の難関である“家族の抵抗”のエピソードが、笑いをまぶしながら提示される。この滑り出しはとてもいい。
シロさんは弁護士、ケンジは美容師。シロさんは倹約家で、毎日、スーパーでお買い得品を買ってきて夕食づくりを楽しむ。ケンジはそれをいかにもおいしそうに食べる。調理シーンが庶民的な料理番組のように挟まれ、そばでお相伴にあずかっているような気分になる。よく似ているようでそれぞれ異なる他人の家の暮らしぶりを覗き見ているようでもある。ケンジはカミングアウトしているが、シロさんはまだその度胸がなく、イケメンの独身男として注目されてしまうことがあり、ケンジはそこにもやもやしている。
シロさんがゲイだと知っているのは、買い物仲間の主婦・佳代子(田中美佐子)とその家族、ゲイ友だちの小日向(山本耕史)とその連れ合い(磯村勇斗)くらいだが、スーパー中村屋の女店員(唯野未歩子)はとうに気づいているし、弁護士事務所の連中もとぼけているだけかもしれない。シロさんは、知られているならそれでいいやと思い始めているようで、劇場版では、それが西島秀俊ののびのびした表情によく出ている。常なら嫉妬するのはケンジのほうなのだが、今回はケンジの新しい同僚にシロさんが勘違いして嫉妬するシーンがあり、カップルはおあいこになる。似たもの夫婦になってきた証拠ともいえる。
このたびはケンジの実家の様子も描かれる。美容院を経営する母(鷲尾真知子)が「顔見知りの泥棒みたいなものだった」と形容する父が離れた地で亡くなり、ケンジが遺骨を受け取って実家に帰れば、二人の姉がシロさんの写真を見てキャーキャーはしゃぐ。「ケンジが一番女子力高い」、「この子が一番おしとやかだった」と口々に言う家族は、互いをさりげなく思いやっている。不幸を乗り越えてきた家族の歴史が垣間見える。ケンジは母や姉たちを暴力的な父からかばいながら、楽しくて優しい男に成長したのだろう。そんなケンジと知り合ったシロさんは果報者だ。そういうことがわかる。
この二人を観ていてどうして穏やかな気持ちになるのかと言えば、二人がともに「亭主づら」をしないからである。どちらが男役でどちらが女役かという、下世話な興味をさらっとかわすかのように、二人はともに優しい女房のようなのだ。暮らしぶりも食事シーンも、優しいいたわりあいのようで、二人が疑問に思うことは必ず意味のあることで、二人は逃げずにその問題に取り組み、焦ることなく一歩前進する。
ちょっとした誤解が解けた後、「二人だけで生きているわけじゃない」とシロさんに父母を大事にするようにと言うケンジ、「ここを歩いている人全員に、おまえのことを自慢したいよ」と大きく答えるシロさん。たいていの人間は口に出さない(口に出せない)ことを、二人はあたりまえのように堂々と口にする。口にしなければ伝わらないからだ。西島秀俊と内野聖陽が心を込めて語るそれらの言葉は、すべてのカップルとこれからカップルになろうとする人間を勇気づける。テレビシリーズでは仏頂面のままだったスーパーの女店員、唯野未歩子が初めて笑う。彼女は巷に潜む愛の女神ではないだろうか。
◎2021年11月3日より公開
内海陽子プロフィール
1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら)
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