王道を行く人情コメディ;やっぱり笑える『明日に向かって笑え!』
『明日に向かって笑え!』(2019・セバスティアン・ボレンズテイン監督)
映画評論家・内海陽子
『ファイナル・プラン』のようにたった一人で挑む犯行もあるが、やはり強盗、強奪ものは大人数のほうがおもしろい。といっても問題はその人員構成にあり、人格や思惑にむやみに凝りまくると、観客がついていけなくなるというか、見ていて面倒くさくなる。この『明日に向かって笑え!』の良さは、犯行の動機が単純明快であること、集められたメンツの個性が際立っていることにある。それぞれに特技を持つが、かなり粗削りであぶなっかしいデコボコ・チームだ。ボレンズテイン監督は「コメディにはしなかった」と言うが、十分楽しい胸のすくコメディである。
2001年8月のアルゼンチン。突然の預金封鎖で、銀行のドル預金は引き出せなくなった。農業施設の復活を夢見て仲間を募り、集めたドルを銀行の口座に預けたばかりのガソリンスタンド店主フェルミン(リカルド・ダリン)は卒倒する。貸金庫に入れたままにしておけばよかったと思っても後の祭りで、銀行のドル預金はすべて、融資という形で悪徳弁護士マーシーの手に渡っていた。顧客の恨みを買った銀行支店長は妻ともども殺されたが、マーシーは涼しい顔をして生きている。まもなく、彼が農場として買った土地に地下金庫を作ったようだという情報が手に入る。
混乱の中で愛妻を交通事故死させたフェルミンは情けなくも引きこもり状態になったが、気骨のあるタイヤ修理業者アントニオ(ルイス・ブランドーニ)や、今も廃駅を守る元駅長ロロ(ダニエル・アラオス)たち仲間がフェルミンを奮い立たせて計画を練る。それは地下金庫の金を一致団結して強奪、いや奪い返し、自分たちの分以外は、慈善団体に寄付しようというものだ。場所は特定できたが、問題はマーシーが仕掛けた警報装置で、この装置をどうにかするために、デコボコ・チームがあれこれ知恵を絞る様子が見せ場になる。
アカデミー賞外国語映画賞受賞作『瞳の奥の秘密』(2009)の主演で有名なリカルド・ダリンは、うらぶれた雰囲気を出してもやはりいい男だが、ほかのジジイのうらぶれ具合は、わたし好みである。とくにアントニオ役のルイス・ブランド―ニが、さりげなく身にまとうチェックのシャツがおしゃれで数も多く、ひとりでこっそりファッションショーをしているように見える。裕福ではないが、どんな場面においても意地とユーモアがあり、「タイヤは必ずパンクする」という希望を捨てず、その意味がエンディングのワンシーンでわかる。
このチームには運送会社社長のカルメン(リタ・コルテセ)という女性がおり、農業協同組合設立のために10万ドルをポンと出資する気風のいい大物だが、彼女の弱みは怠け者で妙にしたたかな息子である。この息子の教育をフェルミンに委ねたいという願いが10万ドルに含まれている。息子はそれなりにグッドアイデアを出してチームに貢献し、どんな仕事を手がけてもうまくいかないが、気性だけはいいゴメス兄弟も骨惜しみせずに奮闘する。マーシーの警報装置を解除させるための画策はいささかくどいほどだが、ここらがコメディのコメディたるゆえんで、それぞれのキャラクターがのびのびと遊んでおり、“ひとり悪役”とでもいうべきマーシーの七転八倒ぶりが気の毒なほどである。
もう一人注目すべきはリカルド・ダリンの実の息子チノ・ダリンで、フェルミンの息子ロドリゴを演じている。マーシーの弁護士事務所に植物の手入れと偽って潜入し、敵情を探るうち、秘書の女性を好きになるあたり、わかり切っていてもほのぼのとしたいい雰囲気が漂う。本筋と離れたところに芽生えるちょっといい恋物語。それがまた、本筋のサスペンスに組み込まれていくあたり、どこから見ても王道を行く人情コメディである。国情は違えども、政府や悪徳エリートの横暴さに翻弄される庶民の心情は古今東西変わらない。彼らのように、何かを仕掛けるくらいの気概を持ちたいものだ。
最後に、いわゆる“仲間割れ”はあったのかどうかと聞かれれば、あったにはあったが、仲間を陥れるというところまではいかなかった、とだけお答えする。気になる方、おのれの推理力を試したい方は、ぜひ劇場に足をお運びいただきたい。
◎8月6日より全国順次公開
内海陽子プロフィール
1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら)
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