チャーミングな老人映画;『カムバック・トゥ・ハリウッド!!』を見逃すな

『カムバック・トゥ・ハリウッド!!』(2020・ジョージ・ギャロ監督)

 映画評論家・内海陽子

 アカデミー賞受賞スターが勢ぞろいする映画というのはクセモノで、期待に胸をふくらませて飛びつくと当てが外れることがある。かつて『ラストベガス』(2013・ジョン・タートルトーブ監督)という高齢者のバチェラーパーティーを描く映画があり、マイケル・ダグラス、ロバート・デ・ニーロ、モーガン・フリーマン、ケヴィン・クラインの共演と聞いて飛びついたが、わたしは途中で白けてしまった。名優がはしゃぎすぎるとよくない。わざとずっこけるのもよくない。名優の“素”が垣間見えるおふざけはいらないのである。

 この『カムバック・トゥ・ハリウッド』は、ロバート・デ・ニーロ、モーガン・フリーマン、トミー・リー・ジョーンズという顔合わせだ。前のことがあるので多少警戒してかかったが、予想をはるかに上回るチャーミングな老人映画で、長年の映画ファンであればこそ楽しめる要素もぎっしり詰まっている。老人が若き日を懐かしんではしゃぐのではなく、老人ならではの現在形の意気地を見せる。男の映画はこうでなくてはいけない。

 時代背景は1974年のハリウッド。物語をリードするのはロバート・デ・ニーロで、嘘とハッタリで世渡りしてきたB級映画プロデューサーのマックス役。少しねじの緩んだ甥と共に運営する「ミラクル映画社」は火の車で、映画狂のギャング、レジー(モーガン・フリーマン)から借りた金で作った映画が猛烈な不当たりになって頭を抱えている。昔の弟子(エミール・ハーシュ)が好調の波に乗っているのも腹立たしいが、彼が製作中の映画の主演スターがふとしたことで急死し、彼が保険金をせしめたと知り、マックスは一計を案じる。それに巻き込まれるのが絶望の淵にいる老アクションスターのデューク・モンタナ(トミー・リー・ジョーンズ)である。

 アクの強さが持ち味のロバート・デ・ニーロはやはり主演が似合う。助演に回ると、そのアクの強さが映画全体のバランスを損なうことがあるが、今回は年を取った男の胡散臭さが無理なくにじみ出て、下品の“品格”さえ感じさせる。そのおかげで、物語の上では主役のトミー・リー・ジョーンズがさらに引き立ち、モーガン・フリーマンの肩に力が入っているようで入っていない独特の雰囲気に華やぎが加わる。この名優たちははしゃぐのではなく、互いに盛り立て合う。真剣に遊ぶのである。

 映画の内容は、察しのいい方はおわかりだろうが、要するに、マックスは撮影中のデュークの死を願って、あれこれ画策するのだが、それがことごとく失敗し、それどころか、災厄はあらかたマックス自身に降りかかるという、いかにもありそうな“お粗末”物語である。それがどうしてこんなに楽しいのだろう、と思うところが肝腎なのであって、ポイントは、スタントもこなすという名馬(迷馬)バタースコッチの登場にある。トレーナーが口にするいくつかの単語にバタースコッチが過激に応じるさまが、物語と見事に結びつけられ、シーンとシーンを繋ぐアクセントになる。それどころか、バタースコッチは幸運の女神の使いではないだろうかと思わせる粋なふるまいすら見せる。

 マックスの甥、ウォルター(ザック・ブラフ)が、おじとデュークの危機を救うべく、寂れたドライブインのスクリーンに映画のハイライトを映すシーンは、ぐんぐん暗くなる周囲の情景とともにスリリングで感動的だ。どう考えても一台のカメラで撮ったとは思えないさまざまなアングルのカットが力強い映像になって大画面に映える。こういうとき、たとえば「ドローンを使った撮影でもしない限りこんな映像は撮れない」などと利いた風なことを言うやつは映画ファンではない。「すでに伴奏曲もついているではないか」、それがなんだ、素晴らしい!

「アカデミー賞が取れる」とか「オスカーは確実だ」という発言が繰り返し出てくるのは、この、女性監督によるデューク・モンタナ主演『西部の老銃士』が、先住民の血を引く老カウボーイの物語で、アカデミー賞は、おうおうにして虐げられている人々や被差別者を描く映画に甘いからだろうか。今回の女性監督が、軽々とレズビアンであることを表明し、レジーが映画製作者として“黒人映画”をどんどん作ると豪語するあたり、アカデミー賞への皮肉もあからさまである。

 そうそう、忘れてはいけない、エンドロールのおまけに添えられた「ミラクル映画社」の不当たりになった珍作を見逃してはならない。きっと伝説のカルトムービーとして、異次元世界のB級映画ファンにもてはやされているだろう。本作は、そうしたあまり恵まれない映画に対するささやかな愛の映画でもある。

◎2021年6月4日公開

内海陽子プロフィール

1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら

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