熱い血を感じさせる「男の子」の西部劇

『ゴールデン・リバー』(2018・ジャック・オーディアール監督)

 映画評論家・内海陽子

 名高い国際映画祭で評価を得た映画には、眉に唾をつけたくなる性分なのだが、演技者の顔ぶれに誘われて映画館に行けば大当たり、ということがたまにある。本作は2018年のヴェネチア国際映画祭で、フランス人監督ジャック・オーディアールが、監督賞にあたる銀熊賞を受賞した西部劇。ゴールドラッシュに沸く1851年のアメリカ西部を舞台にした物語で、原題は「ザ・シスターズ・ブラザーズ」。タイトルから、妙な連想をしてしまうが、シスターズという姓の殺し屋兄弟の苦難の旅と奇妙な友情を描く。

 始めのうちは血しぶきが上がる襲撃シーンが連続し、西部一帯を仕切る提督と呼ばれる男(ルトガー・ハウアー)の指令のもと、人殺しを仕事として生きる兄弟、イーライ(ジョン・C・ライリー)とチャーリー(ホアキン・フェニックス)のすさんだ旅暮らしが描かれる。兄はいささか鈍重なようだが気性は優しく、弟はちょっとした切れ者だがアルコール依存症である。あらたな指令は、砂金を見つけるための化学式を発見した化学者ウォーム(リズ・アーメッド)を探し出すことで、彼の居場所を突き止めた提督の手下である報告係、モリス(ジェイク・ギレンホール)は、暴力のない理想社会を目指すと語るウォームに心動かされている。

 名うての殺し屋コンビとして知られるシスターズ兄弟は、どこにいても気の休まることがなく、ある界隈を恐れさせている女ボス、メイフィールドの館に宿を取れば、命を狙われているとわかる。それを教えてくれたのは一人の娼婦だ。イーライは話をするだけでいいと言って彼女を部屋に呼び、赤いスカーフを優しく手渡す(優しい恋人の演技をする)ことを頼む。彼女は無器用ながらもそれに応え、彼の純真さを察する。醜男といっていいイーライの気質をすばやく見抜く娼婦の生活に思いをはせる間もなく、イーライは酔いつぶれたチャーリーを叩き起こして反撃に出なければならなくなる。

 そして、兄弟はまたしても野宿である。しかし、この野宿の最中にモリスとウォームに襲われたことから、物語はぐんと弾け出す。兄弟を縛りあげてほっとしたのもつかの間、モリスとウォームは追手に見つかりすさまじい銃撃にさらされて応戦するが、残念ながら射撃の腕が追いつかない。「みんな殺されるぞ!」という兄弟の声に慌てて手錠を解き、兄弟に加勢してもらえば、あれよあれよという間に敵は全員撃ち倒されてしまう。こうして四人の男はめでたく運命共同体となった。だが、それは提督に対する裏切りであり、四人はそろってお尋ね者になったわけである。

 さて、化学式によって作りだされた薬品を、堰き止めた川に流せば、川面がキラキラ光り出す。子供のように夢中になって砂金採取に没頭するうち、何を血迷ったか、チャーリーがさらに薬品を川に流しこもうとし、失敗して液体を浴びてしまう。難を逃れたイーライをのぞいた三人が大やけどを負い、しばらくしてモリスとウォームは絶命、チャーリーは焼けただれた右腕を切断しなければならなくなった。

切断してまもなく、またしても提督の追手に襲われ、イーライが敢然と外へ飛び出して行けば、ベッドにいるチャーリーは、切断された右腕を懸命に動かして「応戦する」。ホアキン・フェニックスは、反射神経を武器に生きて来た男の、自慢の右腕が使い物にならなくなった焦燥感を一瞬にして表現する。これからの彼は、兄の助けを借りて不自由な身体で生きて行かなければならない。その後も、提督の放った追手が次々に襲いかかる。そしてあるとき気づいたら、追手は来なくなっていた。

 本作は、イーライを演じるジョン・C・ライリーが原作権を買い取り、ジャック・オーディアールに監督を依頼したということを後で知った。ホアキン・フェニックスもジェイク・ギレンホールも後から参加をOKしたそうだ。そうやって、すべてのキャストやスタッフがジョン・C・ライリーの「この指とまれ」という声に賛同して集まったのだろうと推測する。じわじわと結束の固い家族が形づくられていく様子が頭に浮かび、規模は小さいながら、熱い血を感じさせる親しい日本映画のあれこれを連想した。

そしてつまるところ、本作は“男の子の映画”である。チャーリーは父を殺しており、イーライは弟に父を殺させたことを悔やんでいる、というよりも、そのことにどことなく敗北感を抱いている。弟がアルコールに溺れるのもそのことと無関係ではないはずで、兄としてはまことにやるせない思いなのである。くすぶる思いを抱いてならず者になり、殺し屋になり、今は敗残兵のように故郷を目指している。

 “男の子の映画”には母の存在が不可欠だと思っていたら、母がちゃんと実在していた。その出迎えのシーンはまるで天国のようで、勘ぐってみれば、本当に天国なのかもしれないと思えるのだが、なにはともあれ、救いは最後のシーンにある。ここはぜひともご自分の眼で味わっていただきたい。ジョン・C・ライリーという俳優を信じて、彼の演じる役にずっと寄り添ってきた観客なら、その心の安楽を心から共有できるはずである。

ヴェネチア国際映画祭銀熊賞受賞作にふさわしく、ジャック・オーディアール監督は流麗かつ重厚な映像を巧みに展開するが、遠い昔の、荒々しいゴールドラッシュの時代を生き抜く男たちの息遣いが、すぐそばに聞こえるようななまなましさがこの映画の身上である。それはむろん、贔屓のジョン・C・ライリーが、無骨なようで非常にチャーミングな男の子ぶりでチームを率いているからである。

内海陽子プロフィール

1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の新刊が出ました

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