市原隼人の『劇場版 おいしい給食 Road to イカメシ』を見よ!;給食をめぐる「一期一会」の戦いは続く
『劇場版 おいしい給食 Road to イカメシ』(2024・綾部真弥監督)
映画評論家・内海陽子
可愛い少年だった市原隼人はいつしか筋骨隆々たる青年になった。何をするかと思いきや、テレビドラマで給食愛にあふれる中学教師を演じ始め、わたしは後追いで見てはまってしまった。ドラマは人気上々でシリーズ3回目をクリアし、劇場版も3作目に突入した。堂々たるマンネリズムと軽く受け止めた時期もあったが、よく見てみれば、この物語は一回、一回の給食と“一期一会”の覚悟で向き合う、中学教師と教え子の真剣勝負(遊び)だったのである。
母親の料理がうまくなかったので給食好きになり、給食を求めて教師になった甘利田幸男(市原隼人)。当人は威厳を損なうからと給食愛を隠しているつもりだが、その愛は誰の目にも明らか。とくに好敵手の男子生徒と給食のおばさん(いとうまい子)にはバレバレだが、甘利田の神経は給食そのものに集中していて、それ以外は目に入らないことになっている。常節(とこぶし)中学校、黍名子(きびなご)中学校を経て、今は函館の忍川(おしかわ)中学校に勤務し、函館名物イカメシが給食に登場する日を楽しみにしている。
感動をアクロバティックに表現しながら、一回、一回の給食を全身で味わう甘利田を横目に、同じく給食好きの生徒、粒来(田澤泰粋)は食事に一工夫を施し、甘利田に見せつけるように悠然と口に運んでみせる。それに途中で気づいた甘利田は大いに動揺する、というのが毎度おなじみの見せ場である。この食事風景は一大イベントと化しており、甘利田のアクションの激しさに、怪我をしやしないかと気をもんでしまう。
今回のもう一つのテーマは、「完食」。食糧難に苦しむ人々がいる中、給食を残す生徒の存在を憂えた忍川町町長の等々力(石黒賢)が、忍川中学校をモデル校に指定し、全校をあげて生徒への完食の押しつけが始まった。甘利田にとって給食は完食するのが当たり前だが、彼は好き嫌いがある生徒に完食を強制することはしない。等々力の選挙演説中、甘利田よりも先に粒来が抗議の声を上げ、甘利田はすばやく教え子を支持し、等々力の圧力からかばいながら言い放つ。「子供たちが無理して食べても難民はなにも救われない」。
町長との対立の末に、未だかつて経験したことのない“まずい給食”の日がやってくる。本来は甘利田が大好きなカレーの日のはずなのに、なぜか彼のクラスだけが町長と一緒に特別メニューをいただくという不穏な展開になる。メインメニューが何かは見てのお楽しみだが、それに挑む甘利田と粒来、それぞれの姿も従来とは異なるもので、今まではファンタジーを見ていたのだと痛感させられる。そして特別メニューのなかで無気味に光るもの、それは“脱脂粉乳”である。
時代が違うから当然と思いつつ、給食のメニューの中に清らかな瓶入り牛乳があることにわたしは羨望の念を抱いていた。それが脱脂粉乳に代わったのである。中学時代、給食はないのに脱脂粉乳だけが提供されたことを思い出す。ようやく『おいしい給食』という物語がリアルに感じられたわけだが、ここににじむのは悪意である。町長は、給食を食べるという行為に単純な喜びを見出している教師と生徒に嫉妬でもしたのであろうか。
大上段に振りかぶった事件は起こらないけれど、この物語の中には小さな針のような悪意が仕込まれており、甘利田はじつはそれらと懸命に戦っているのだということが示される。粒来と同じように、かつて甘利田と好敵手同士の関係にあった教え子、神野(佐藤大志)との再会のシーンで明らかになるのは、甘利田がいかに名教師であるかということだ。わかりやすく立派なことは何もしていないようだが、彼は日々、全身で子供たちを育てているのだということがわかる。
子供はだれでもみんなおいしいものは大好きであり、大好きなものを心から味わうということを教えられた子は、それを教えられる人間になるだろう。そういうシンプルな考え方がじつに気高い。市原隼人演じる甘利田には、今後も全国の中学校をめぐりながら、おいしい給食を味わい続けてもらいたいと切望する。彼の“一期一会”が末永く続きますように。
◎2024年5月24日より全国公開
内海陽子プロフィール
1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら)
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