トランプ経済を乗り切る(2)新しい期限と25%という脅迫はどれほど怖いのか?
トランプの貿易戦略というのは、何の方針もなければ、何らかの深慮もない。ただ、その場限りの脅迫と機会主義があるだけだ。それなのに、トランプ政権を奇貨としてこれまでできなかった問題の解決をはかれとか、もっと呆れたことには、いまこそトランプの懐に入って軍事問題を解決しようなどとうそぶいている人がいるらしい。こういう類は、トランプと同様の無原則で無思想の機会主義者といってよい。懐に入れとかいっている人物は、4年ほど前にはトランプは狂人だと断言していたのではなかっただろうか。
まあ、こういう連中はともかくとして、これほど気まぐれにデタラメをやられれば、さすがに対抗する戦略など立てようがないと思うほうがまともだろう。日本政府が様子見をしているのは当然で、こんな状況で、ああ、安倍さんがいてくれたら、とか言っている連中はただの依存症的な狂信者と考えていい。対抗する方法はあるのか? ある、トランプがいま顕著に見せ始めている、このディーラーのオウンゴールを積み重ねさせることである。つまり、トランプの馬鹿をさらさせることだ。そうすれば、世界はトランプへの信頼をさらになくすだろうし、いくらなんでも多少ともアメリカ国内の世論に変化が生まれる。
ついつい冒頭から興奮してしまったが、トランプが行った「手紙」による威嚇は、いまのところ成功していない。この点が重要だ。7月9日には締結しなければならなかった多くの取引を、8月1日にまで延期した。これはトランプの、決定的に大きくはないながら戦闘における敗北である。英経済誌ジ・エコノミスト7月7日付は「偉大なディーラー様は取引の手口に不足なさっておられる」との短いが辛辣な記事を掲載した。
「今度の新しい期限はどれほど深刻なのだろうか。トランプ大統領は4月2日に『相互』関税を発表したが、それを1週間後には撤回し、各国に向けて合意のための猶予期間として90日間を言い渡した。しかし、この7月9日という(いまは古くなった)新しい期限が迫るにつれて、『90日間で90件の合意』という目論見はまったく実現しないことが明らかになった。アメリカの交渉担当者はベトナムとの『枠組み』しか提示することができていない。それなのに、トランプ大統領は失敗を認めるどころか、またまた新たな期限を設定して、世界に向けて脅しをかけるという、さらに強硬な姿勢を貫こうとしている」(右の表はフィナンシャルタイムズ紙より)
そもそも、貿易協定というものは、12か国も参加を前提としたTPPだけでなくとも、また、その後の日米貿易協定を思い出すまでもなく、めちゃくちゃ時間と手間がかかるものなのだ。条文の提示や修正、そのまた練り直しなどが必要で、さらに他の国との協定の比較や調整も必要だからだ。だから、それを数十日で90カ国とやりとげるというのが、最初から虚言であることは、どの国の担当者も分かっていた。そのことについては、たとえば国際政治学者のスティーヴン・ウォルトなどがトランプの「90日90国」の発表直後に、あきれ果ててせせら笑っていたほどだ。
「アメリカは貿易交渉が、いかに時間がかかるものかを思い知りつつある。協定は複雑で政治的に困難なため、成立までには普通18カ月はかかる。トランプ大統領は貿易赤字や防衛費から自動車規制などの非関税障壁にいたるまで、アメリカが抱えるあらゆる不満を日本との協議で解決したいと考えているが、日本側にだって多くの制約がある。日本政府は7月20日の参議院選挙を前に農家の怒りを買いたくないし、自動車産業を危機にさらすような譲歩は避けたいだろう。そもそも、アメリカによる日本車への関税は、別の措置としてすでに発動されており、7月9日とは関係ないはずだった」
ジ・エコノミストは、これまでトランプの「手紙」という名の脅しが12通出されていて、これから数日中にはさらに増えると予想しているが、まだ名があがっていないのがEUだという。EUは10%の関税率を固定するため暫定合意をなるだけ早く確保しようとしている。EUは航空機部品やワインの適用例外や自動車メーカーへのより低い関税を求めていて、そのなかにはアメリカに工場をもつメーカーが、欧州からアメリカに輸出するさいにより低い関税で輸出できるようにしたいと考えているらしい。次の部分は記憶に残したい。
「欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライアン委員長は、デジタル規制でアメリカのハイテク企業に余裕をあたえ、中国に対してはアメリカとの緊密な協力を模索しているが、それだけでなくEUは交渉が暗礁に乗り上げた場合に活用できる対抗措置を多数準備している。当局者は実現がきわどいながらも「原則的合意」に取り組んではいるものの、もしこの合意が近日中に署名されれば、他の国はEUを羨望のまなざしで見つめ、報復の可能性という威嚇が協定締結に役立ったのではないかと考えるかもしれない」
●こちらもご覧ください
トランプ経済を乗り切る(1)関税政策が拡散した不確実性を克服する方法
トランプ経済を乗り切る(2)新しい期限と25%という脅迫はどれほど怖いのか
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