トランプ経済を乗り切る(1)関税政策が拡散した不確実性を克服する方法

トランプ大統領の経済政策は、はたして成功するのだろうか。そもそも、トランプは何が「成功」だと思っているのだろうか。おそらく、まずは一撃喰らわしてそれからディールを行い、その結果、世界が彼にひれ伏して、アメリカに製造業が回帰し、再びアメリカの経済的繁栄が続くことなのだろう。しかし、少なくともいまの関税政策や減税政策という名のディールを続ける限り、それは達成できない。何よりもアメリカと世界に不確実性と信頼の喪失をばらまいているだけのことだからである。

まず、改めてトランプの「関税政策」を考えてみよう。英経済紙フィナンシャル・タイムズ7月6日付は「トランプの貿易政策が世界にどのような影響を与えているか」を掲載して、その問題の核心をえぐろうとしている。同紙は冒頭で指摘している。「きわだった影響がすでに感じられるようになっている。アメリカの関税収入は5月に前年比で4倍近くまで増加して過去最高の242億ドルに達したが、中国からの輸入は2024年同月比で43%も減少している」。

バカ高い関税を課しているのだから関税収入が急伸しているのは当然だが、貿易が急落してしまっては海外へのマイナスの影響が大きいだけでなく、国内へも物価高や消費減という形で打撃を与えることになる。しかも、その税率がほとんどトランプの思い付きによって左右されているのだ。調査会社のニール・シアリングは「政策が明らかにトランプの気まぐれに左右されているため、企業が長期的な決定を下すのがきわめて困難な状況に陥っている」と指摘している。

アメリカに輸出すると高い関税がかかるとなると、世界中の輸出企業が考えることは、製品の製造工場をアメリカ国内か、あるいはアメリカと良好な関係にある国に移転させることだろう。「しかし、工場の移転は8年から10年かかる決断であり、来週何が起こるか予測できないのだから、来年あるいは5年後の決定などできるわけがない。そうなると、移転はやめて、当面は現状のマイナス効果を低下させて、緩和戦略をとるようになる」とシアリングは述べる。

サプライチェーン・コンサルティング会社のサイモン・ギールも、いまのサプライチェーンの状況は不安定なので「調達の多様化を目指す企業は増加しているが、依然として様子見の姿勢が続いている」と指摘している。たとえば、輸入業者は商品の備蓄を推進しており、いわゆる保税倉庫(ボーンデッド・ウェアハウス)の活用に注目が集まっている。この保税倉庫というのは、輸入業者が商品を最長5年保管しておくことができ、市場に出荷された時点で関税を支払うことのできる制度的仕組みだが、いまや保税倉庫のコストは非保税倉庫の最大4倍にも達している。

当面は様子見で切り抜けようとしているのは、投資の世界でも同じことで、もっとも損をしない対応を考えるようになった。「投資判断はしばしば留保されるようになり、それはM&Aが減少する結果となっている」。元英政府のアドバイザーでコンサルティング会社に勤務のマッツ・パーソンは「サプライチェーンへの影響は大きいが、もっと大きい影響を受けているのは投資のディールであって、それは取引の凍結となって表れている。今回の危機はコロナや金融危機とは重要な点で大きく異なる。というのも、ドナルド・トランプの気まぐれが引き起こしているからです」。

経済学の歴史においても、不確実性(アンサートゥンティ)をどうとらえるかは大きな問題だった。1920年代から1930年代にかけて、フランク・ナイトやJ・M・ケインズが不確実性と経済との関係解明について取り組んでいる。それは数学的に計算できるリスク(危険度)とは異なり、社会の動向や歴史の趨勢さらには自然現象によって生じるものであり、人間の予想能力を超えるものである場合が多く、不確実性に対しては単なる経済学を超えて、政治的に組織的に対応すべきものとされた。不確実性というのは政治や組織によって緩和されねばならないのだ。

ところが、いまアメリカを中心に起こっている不確実性は、驚くべきことにひとりの政治家の気まぐれによって引き起こされている。不確実性から人びとを守るべき人間が、逆に本人が原因を引き起こしているのだ。本来、不確実性を緩和するために政治や組織を動員して取り組むべき中心であるべき政治家によって、しかも、世界で最大の権力を持つ人間によって、むしろ、引き起こされてしまっているのである。したがって、この異常な状況のなかで対応策が、あくまでも決断の引き延ばしや留保になっていくのは当然だろう。

こうした前提でいま現実に行われている「トランプ時代対応策」を見れば、それはそれなりに興味深い懸命な努力が見えてくる。たしかにサプライヤーチェーンの維持は難しいものがあるが、たとえば生産地を変える「リショアリング」においても、いまも製造地を自国に戻す「オンショアリング」、アメリカと地政学的かつ戦略的に連携している国に移す「フレンドショアリング」など、さまざまな手法によって対応している。

しかし、同紙によれば、今後3年間でサプライチェーンのオンシェアリングあるいはリショアリングを拡大する計画があると回答している企業は昨年の62%から80%に上昇しているが、実際に計画を完了したのはわずか2%にすぎない。前出のシアリングによれば「サプライヤーの変更や生産拠点の移転は言われているほど簡単なものではない。また、企業がみな同じ条件の場所を探しているため、熟練労働者や工場地の調達で競合が激しくなってしまう」からである。

また、貿易プロセスのパターンは製品によって大きく異なり、特に代替供給源へのアクセスの容易度によって左右される。マッキンゼーのオリビア・ホワイトによれば、「たとえば、リチウムイオン電池は、ノートパソコンなどよりも、中国でない国からでもはるかに容易に調達できる。Tシャツは靴下よりもサプライチェーンはシンプルに組み立てられる。より細かく見ていくと異なるダイナミックスが存在していて、企業はサプライチェーンの柔軟性と回復力を高めるのに余念がない」。

しかし、こうしたサプライチェーンよりも、いまのところ関税政策がもっと大きな影響を与えているのは、「突然の取引(買収や合併)の減少」であると前出のパーソンが強調している。ある市場調査会社によれば、トランプがころころと話を変える関税の不確実性のために、M&A(企業の買収・合併)を仕掛けるディールメーカーの30%が、取引を一時停止または修正している。「不確実性のなかで延期されたディールのなかには、ボーイング社のナビゲーション部門への入札や、有名保険会社の売却などが含まれている」。

ベレンベルグ銀行のアナリスト、アタカン・バキスカンは、トランプ政権下での不確実性増大と政策急変への恐怖が、いまや企業の心理に重くのしかかっているという。「年初には減税や規制緩和に楽観的だった企業が、急激に市場へのコンフィデンス(確信)を失った。一見すると、関税は消費者や企業心理を悪化させただけで、経済への実質的なダメージは与えていないように見えるかもしれない。しかし、関税によるスタグフレーション(景気後退と物価高の複合現象)は継続している。私はこれから数か月で関税によるダメージのもっと明確な兆候が表れると予想しています」。

●こちらもご覧ください

トランプ経済を乗り切る(1)関税政策が拡散した不確実性を克服する方法
トランプ経済を乗り切る(2)新しい期限と25%という脅迫はどれほど怖いのか

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください