『ショータイム!』は哀歓に満ちた奇跡の物語;すべての人生は敗者復活戦だ

『ショータイム!』(2022・ジャン=ピエール・アメリス監督)

 映画評論家・内海陽子

 このところわたしが好きになるフランス映画は、主要人物が田舎に向かうと元気を取り戻す展開になるものが多い。これは、都会よりも田舎のほうが上等と言いたいのではなく、フランスと言えばパリ(都会)という定番の発想から離れると、なんだかわくわくさせられるという実感によるものである。そもそもフランスは農業国だそうだから、登場人物が田舎で元気になるのはごく自然な国民感情の表われかもしれない。

 キャバレーのポールダンサー、ボニー(サブリナ・ウアザニ)に白羽の矢を立てたのは、祖父の代から守って来た農場を手放さなければならなくなったダヴィッド(アルバン・イワノフ)。彼は農場経営を続けるために、副業でキャバレーを開くことを思いつき、ボニーを“芸術監督”として迎えたいと言う。喜んで飛びつくような誘いではないが、進退窮まっていたボニーは半信半疑ながらこの話に乗り、次第に気が乗っていく。オーディションと称して町を探せば、才能を持つ人々がけっこうみつかる。全員が現在は鳴かず飛ばずだが、鍛えればなんとかなりそうだ、とダヴィッドは夢を見る。

 “ダリダ(歌手)のそっくりさん”がいると聞きつけて行けば、ドミニクと名乗る男性がしなをつくる。名を馳せた催眠術師ガボールの元を訪ねれば、すでに79歳で、自分に催眠術をかけてしまう。姉妹のダンサー、ロール&リーヌは、一方のかつての怪我のせいか呼吸が合わない。手品の名人のキュートな娘を発見すると耳に障害がある。誰も彼も、一度は負けたというか、勝ったことのない人ばかりに思える。負け犬になりかけているダヴィッドとしては、いい予感がするとは言いがたいが、もはやほかに打つ手は思いつかず、なんとかして農場キャバレーを実現させるしかない。背水の陣である。

 しかし一堂に会すると、なんともいえない温かな雰囲気が醸し出される。ドミニクは背の高い粋なブロンドにしか見えず、古い屋敷を出てきたガボールは農場の粗末なベッドでくつろいでいる。踊り子姉妹は仲が良いのか悪いのかわからないがぴたりと寄り添い、耳が不自由な手品娘は活発で好奇心旺盛だ。成果が出る見込みは薄いのに、誰もがダヴィッドの夢に加担することに意欲的である。ほぼ全員がもう若くはなく、苦く悔しい体験を重ねてここにいるが、人生を変える何かが起こることを、心のどこかで信じている。あえて言うなら、敗者復活戦に備えておおらかに待機する人々である。

 途中でボニーの元雇い主が現れて波風を立てるが、彼はダヴィッドの太っ腹な母親ミレーユ(ミシェル・ベルニエ)にあっけなく追い返される。美容師のレティシア(ベランジェール・クリエフ)はダヴィッドの別れた妻で、どうやら元夫に未練があるらしく、彼とボニーが接近する様子に気が気でない。にもかかわらず女性二人は意気投合し、オープンカーに乗ってキャバレー開店告知のキャンペーンに精出すのだから、人間関係というのは面白いものだ。ひとつの目的のために寄せ集められた人々が密接な関係を築き、新たなエネルギーを蓄えていく。目的達成は大事だが、そこに至る過程そのものがいっそう重要だということがよくわかる。そもそも戦いに団結は不可欠である。

 いかにもおとぎ話みたいだが、この映画は実話に基づいており、ダヴィッドのモデルになった人物は、演じたアルバン・イワノフよりもずっと精力的なイメージの人物だということがエンドロールで知れる。わたしはそこに、この映画の仕掛け人のさりげない深謀遠慮を感じる。敗者復活戦の仕掛け人は自信がみなぎる人物であってはならない。なぜなら、世の中の多くの人は負け戦を経て現在に至っているのであり、常に敗者復活戦に向けて生きていると言えるからである。

 生き続けることは怖いことだ。この映画の中で、3度にわたって“自殺未遂事件”が描かれるのはかなり意図的なことである。これらの事件は心ある人間によってそっと回避され、くどくど解読されることなく、3人はまた元の生活に戻る。深い労りを持ちながら、相手の傷ついた心をできるだけやわらかく受け止める。“家族”というものの理想を追うなら、そういう在り方にたどりつくと思う。この農場キャバレーは、そういう“家族”をつくりだしたのである。

●2023年12月1日より公開

内海陽子プロフィール

1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら

 

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