小さな人間にも偉大なことはできる;妻の仇討ち物語『ライダーズ・オブ・ジャスティス』
『ライダーズ・オブ・ジャスティス』(2020・アナス・トマス・イェンセン監督)
映画評論家・内海陽子
クリスマスの奇跡に包まれた残酷なおとぎ話、とでも言ったらいいだろうか。“ライダーズ・オブ・ジャスティス”=ROJというからには正義を追求する活動家集団かと思ったら、ただの悪党一味のことだ。どちらかと言えば彼らの被害者になる側の人間が、ふとしたことから連携して悪党一味に挑むことになる。バイオレンス満載、おとぼけたっぷりで、観客にとってはパンチの利いたクリスマスギフトになっている。
舞台はバルト三国のひとつ、エストニアのタリン。家庭を顧みる暇のない軍人マークス(マッツ・ミケルセン)は、妻が列車事故で死んだと知り、帰国。同じく事故に遭って運よく助かった娘のマチルデ(アンドレア・ハイク・ガデベルク)ともどもショックから立ち直れず、父娘の仲はぎくしゃくしている。そこへアルゴリズムの研究をする数学者のオットー(ニコライ・リー・コース)と相棒のレナート(ラース・ブリグマン)がやってきて、列車事故は事故でなく、テロだったと断言する。
オットーは同じ車両に乗っていてマチルデの母に席を譲り、そのために彼女は亡くなったので罪悪感がある。そしてROJの幹部をめぐる裁判で、重要な証言をする予定だった男が同じ列車に乗っていて死んだと知り、頭脳をフル回転させる。浮かび上がった犯人像を、顔認証のプロで友人のエメンタール(ニコラス・ブロ)に確かめさせると、高い精度でROJのリーダー、オーレセン(ローラン・ムラ)の弟パレと一致。そう告げられたマークスは三人組と一緒にパレを訪ね、その無礼な態度に激昂し、彼をひねり殺してしまう。
「危機の対処法と職業は関係がある、軍人は暴力に走る」とマチルデのボーイフレンド、シリウスは訳知り顔で言う。臨床心理士の母の受け売りのようだが、確かにマークスに関してはみごとに当てはまる。レナートがパレ殺害現場の証拠隠滅を図ったものの、弟が殺されたことを知ったオーレセンの仕返しが始まるのは目に見えている。マークスはROJを全滅させるまで戦う覚悟を決め、オットーらに情報収集を命じる。「妻の仇討ちだ」。
頭に血が上ってしまって猪突猛進する男を演じるマッツ・ミケルセンは、米テレビドラマ『ハンニバル』でも知られるデンマークの人気俳優。加害者、被害者、悪人、善人、変人となんでも演じられる稀有な存在だ。「仇討ち」という言葉で思い出すのはマッツ・ミケルセン主演『悪党に粛清を』(2015・クリスチャン・レブリング監督)というわたしの好きな西部劇。1870年代のアメリカを舞台に、デンマークから新天地にやって来た男が、殺された妻子の恨みを晴らすまでを描く。薄汚れた悲劇のヒーロー像が、スタイリッシュな画面によく映える佳作だ。
この『ライダーズ・オブ・ジャスティス』も同じように“悪党に粛清を”ものではあるが、マークスは喜劇のヒーローで、中年を過ぎたマッツ・ミケルセンがこの役を楽しんでいる感じがよく伝わる。マークスは何かと言えば暴力をふるい、シリウスもオットーもレナートも彼の一撃を食らう、あるいは食らいそうになる。もっともこの三人は親愛の情を示されたかのように彼を許し、結束はむしろ固くなる。このあたりの緊張感と優しさのあんばいが繊細でいい。こうしてやむなく同居することになった大人四人とティーンの二人、そしてパレの男妾だったウクライナ人青年が、ROJを迎え撃つことになる。
復讐劇の大きな流れとは別に、この疑似家族の関係も見どころだ。真に強い人間はいないが、互いの欠落した個所を補い合うような思いやりにあふれた会話を交わし、相手の過去の傷にそっと触れる。幼いころ、父や兄弟に虐待され、何人ものセラピストの世話になったというレナートが、マチルデの心境を丁寧に聞き取り、「父親と似ている」と判断するなど、心の痛手が相手の心の傷への想像力になるところなど、しみじみする。偉大な人間というのはめったにいないが、小さな人間にも偉大なことはできる。虐げられてきたウクライナ人青年が故郷に伝わる話で聞き手を癒すシーンもある。
この映画は、居丈高な強者に対する弱者連合の滑稽な挑戦という趣で展開し、思いもかけぬ奇跡が起こったことを示して幕を閉じるのだが、この奇跡がリアルな奇跡であるはずがない。しかし奇跡を信じて挑む心が結集すれば、純度の高い結晶ができるのだ。エンディングにはそういう結晶が光り輝いている。
◎2022年1月21日より公開
内海陽子プロフィール
1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら)
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