「打倒! まとも」が新しい世界を運んでくる;『まともじゃないのは君も一緒』の成田凌を深読みする

『まともじゃないのは君も一緒』(2021・前田弘二監督)

 映画評論家・内海陽子

 感情がもつれて混乱の極みに達したヒロインが、終盤で「全部、嘘」と言い放つところからようやくまともな物語が始まる。この先の物語はハッピーでエンドレスだろう。そういう幸せなカップルの恋の前哨戦を描くラブストーリーである。見てなにか恋のヒントが得られるわけでもなく、見て人生の奥義を会得できるわけでもないが、なんだかとてつもなくいい気分になる。人をいい気分にさせる人やものはそれだけで高貴な存在だ。

 女子高校生の香住(清原果耶)は、周囲の女子のたわごとに相槌を打って過ごさなければならない日々に退屈している。日々たまる鬱憤をぶつける相手としてちょうどいいのが予備校講師の大野(成田凌)で、彼のまともとは言えないリアクションにイライラして言葉は増すばかり。明らかに香住のほうが強気の会話を仕掛けているのに、大野のとぼけた切り返しにたじたじとなることもないではなく、香住の胸には小さな嵐が渦巻いている。

「そんなことでは結婚できない!」という香住の決めつけに大野が素朴に動揺したことから、恋を知らない頭でっかちの香住の恋愛指南が始まる。ファッションチェックや酒場でのガールハント術はかなりずれていて、もてない大野がもてるようになる気配はないが、香住が心酔しているイケメン社長の宮本(小泉孝太郎)と婚約者・美奈子(泉里香)の仲を裂くために大野を利用することを思いつくのは、女子高校生ながらあっぱれというべきか、ガキの安易な発想というべきか。いずれにしても展開は弾んでくる。

 香住が大いに心乱れるのは、大野が美奈子相手にけっこう善戦してみせたときだ。口八丁の宮本との「まとも」と信じたい日常に疲れている美奈子は、小料理屋で突然話しかけてきた大野の態度にほのぼのとしたものを覚える。美奈子の目が輝いたことで大野には小さな自信が芽生え、彼の本来の魅力が自然ににじみ出る。その様子をうかがいつつ、自分がそそのかしたくせに、どこかで大野の失敗を見越していた香住は落胆し、不機嫌極まりなくなる。このあたりで観客にもはっきりと香住の恋の相手が大野だとわかる。彼女は大野を好きになっていく自分自身が気に入らないのだ。

 という風に物語は香住の心理の変化を軸に進むのだが、大野の側に立って考えてみるとどうだろう。なんといっても大野を演じる成田凌は『スマホを落としただけなのに』(2018・中田秀夫監督)で連続殺人鬼を演じている。さわやかな好青年を装うこともできる殺人鬼を演じたのだから、朴訥な予備校講師になりすますことなど朝飯前だろう。そもそも大野はロリコンで、予備校に勤めながら網を張り、好餌の到来を待ち構えていたのではないだろうか。タイプではない女子高校生には難題を吹っ掛けて遠ざけているようだし、いずれどこかで尻尾を出すかもしれない、とわたしは楽しく油断なく目を光らせる。

 むろん物語世界が違うのだから、それは徒労に終わる。徒労ではあったが意欲は増す。それは、大野はなかなかチャーミングな策士ではなかろうか、と考えることだ。たとえ朴訥であろうとも、大野はいくらか社会を知っている。さびしい美奈子の心をつかむことができるのだから、結婚できないような男ではない。むしろ彼の好みが限られていて、いままで眼中に入る女子がいなかっただけのことではないか。そして、きわめて積極的に自分に食いついてくる香住の性向に好ましいものを見出したのではないか。さらに、どこかで彼女の好意に気づいたとしても気づかないふりをして、宙ぶらりんな関係を満喫したかったのではないか。つまり人生の楽しみ方を知っている男ではないだろうか。

 この映画世界における「まとも」や「普通」は「マニュアルどおり」と言い換えることができる。周囲に歩調を合わせ、人が笑ったら同調して笑い、リーダー格の意見には異を唱えない、無難な生き方をすることだ。実際、そんな生き方がまっとうであるはずはないのだから、この映画の真のテーマは「打倒! まとも」である。自分の欲望ときっちり向き合いながら、高をくくらず、勇気をもって楽しく進む。新しい世界はまともじゃない人たちが運んでくる、とこの映画はいたずらっぽく誇り高く笑うのである。

◎2021年3月19日より公開中

内海陽子プロフィール

1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら

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