洗練された泥臭さに乾杯!;『最高の花婿 アンコール』
『最高の花婿 アンコール』(2018・フィリップ・ドゥ・ショーヴロン監督)
映画評論家・内海陽子
フランスといえばパリ、パリといえばおしゃれなパリジェンヌとパリジャン、そして粋なシャンソン。そういう固定した「憧れのフランス」のイメージにわたしもやや囚われているが、それを裏切るようにフランスのコメディは泥臭い。コメディはその国の国民性をよく表すと考えれば、この映画もまた異国を知るための恰好のテキストになる。第一作『最高の花婿』(2014・フィリップ・ドゥ・ショーヴロン監督)の大ヒットを受けての続編は、泥臭さにも磨きがかかり、妙な気取りをまったく感じさせない。
気取りのなさを代表するのは、ヴェルヌイユ家の夫人、マリー(シャンタル・ロビー)で、かなりのお金持ちなのに家事にいそしみ、くるくるよく働く。きれいな4人の娘が、上から順にアラブ人、ユダヤ人、中国人、コートジボワール人と結婚したので、今回は夫のクロード(クリスチャン・クラヴィエ)と一緒に婿たちの実家を訪ねる旅に出た。旅先の模様が描かれるかと思いきや、いきなり帰国の飛行機の中で憔悴している。そして交通機関のストを知り「これぞフランス、最高だ!」とやけくそのようにリラックスする。
夫妻のみやげ話は、ほめているつもりでもいつしか異国の風習の皮肉になり、差別発言になり、娘たちをハラハラさせ、婿たちをイライラさせる。それでなくてもフランスでの暮らしに緊張を強いられ、不満を抱えている婿たちは、それぞれひそかに外国移住を決意。それを一斉に言い出したことから、夫妻はびっくり仰天、婿たちをフランスに引き留めるための画策に乗り出す。地獄の沙汰も金次第とばかりに金に糸目はつけない。
今回は、気の合う義兄弟になった婿たちのそれぞれの挙動と思想、妄想、野心がじっくり描かれる。起業家というよりはったり屋に近いダヴィド(アリ・アビタン)をリーダー格に、アラブ人は嫌われ者だとぼやくラシッド(メディ・サドゥアン)、中国人として狙われる恐怖が消えないシャオ(フレデリック・チョウ)、黒人俳優だから主役がこないと口をとがらせるシャルル(ヌーム・ディアワラ)が、けっこう楽しそうにつるんでいる。しげしげ見ればそれぞれに男前で、フランス暮らしにさほどの不自由はなさそうに見える。
「隣りの芝生が青く見えるだけだ」とクロードが言い、「フランスは地獄を信じる人が住む天国よ」とマリーが言う。夫妻が意気揚々と婿たちを引き連れ、あちらこちらで画策する様子が見どころだが、それができるのは夫妻がお金持ちだからである。娘たちは美人ぞろい、婿たちはチャーミング、孫たちは目の中に入れても痛くない。そんな家族をフランスに引き留めるためなら破産するくらいなんでもない、という夫妻の大胆さが表すものはなんだろう。ここにもやけくそなフランス人気質がひそんでいるようだ。
前回は末娘ロール(エロディー・フォンタン)とシャルルの結婚式がクライマックスだったが、今回はシャルルの妹、ヴィヴィアン(タチアナ・ロホ)の婚約から結婚式までのひと騒動がメインディッシュである。シャルルとヴィヴィアンの父である誇り高きコートジボワール人、アンドレ(パスカル・ンゾンジ)が娘の婚約相手を見て昏倒する一幕に笑えるのは、それがもはや古臭い差別ネタになっているからだ。少なくとも次第に古臭くなると見越したうえでの差別ギャグになっているからだ。泥臭さというのは、こういう場面に目くじらを立てさせないための偽装かもしれない。
とはいえ絵的にはすべてが楽しい。魅力と国際性あふれる中高年と若い美男美女を配し、全員にさりげなくファッショナブルな装いをさせ、婿たちはうんざりするけれど素晴らしい古城めぐりの一端まで見せる。いつのまにか婿たちに先んじて、フランスってやっぱりいいわね、という気持ちがわたしの中に湧いてくる。もしかしたら泥臭さというのは、時間をかけた洗練を経たうえで、ふと裏側を見せようかと思い立った者の余裕の産物なのかもしれない。表事情も裏事情もよく知らず、つま先立ちした笑いを楽しんだ自分がちょっと恥ずかしい。
内海陽子プロフィール
1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の新刊が出ました)
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