胸がすく女殺し屋の戦闘シーン;『ガンパウダー・ミルクシェイク』から目を離すな!
『ガンパウダー・ミルクシェイク』(2021・ナヴォット・パプシャド監督)
映画評論家・内海陽子
身体頑健で無敵の女性が大活躍する映画というのは、たいていゲームやコミックが原作で、その非人間的な破綻のないアクションを見ていると眠くなってしまう。次第に生身感覚が失せていくせいだ。かといって、生身感覚がむき出しで、むやみにリアルな戦闘アクションがえんえん続く映画も、残忍さや陰惨さが強く匂い出して気持ちが引けてくる。このチャーミングなタイトルのヒロイン・アクション映画は、血湧き肉躍る快感と、情感、無常観がほどよくブレンドされていて、独特の切れ味がある。
「ファーム」という組織の殺し屋、サム(カレン・ギラン)が身を守るために殺した若造は、別組織の大物マカリスター(ラルフ・イネソン)の息子だった。情報ミスによるものだが、「ファーム」の人事部長を名乗るネイサン(ポール・ジアマッティ)は、サムを生贄に差し出す。たったひとりの若い女に、マカリスターの荒々しい軍団が襲いかかる。どう考えても生き残る見込みはなさそうだが、サムは持てる知恵と技、すぐれた判断力で窮地をしのいで行く。カレン・ギランの身体の動きがとても美しい。
彼女の死闘をさらに困難なものにするのが、別任務のアクシデントによって関わりができた少女エミリー(クロエ・コールマン)の存在。彼女を誘拐犯グループから救い出したサムは『グロリア』(1981・ジョン・カサベテス監督)さながら、闘争心と少女への罪悪感のはざまで悩みながらの逃避行を続けることになる。あやしい病院を舞台にした、ネイサンのマヌケな手下との戦いは軽い肩ならしのようだが、構成は念入りで、両腕を麻痺させられたサムの知恵を絞った戦いは、コミカルな要素もあふれ拍手喝采である。
駐車場からの脱出シーンでは、アクセルとブレーキをサムが、ハンドル操作をエミリーが担い、見事なチームワークで敵をなぎ倒し、二人の結束は確かなものになる。そして、これはネイサンの情けあるいは悪意によるものなのか、サムの母親で行方が知れなかった殺し屋のスカーレット(レナ・ヘディ)が登場、三世代の女たちのさらなる逃走劇に発展する。逃げ込んだ先はおごそかな構えの図書館。ここは、女司書3人によって管理されている、いわくありげな場所で、3人はスカーレットのかつての仲間だとわかる。この図書館は武器とお宝がぎっしり詰まっている不思議な場所であった。
「ペンは剣よりも強し」をもじって「ペンはガンよりも強し」という趣向なのか、ジェーン・オースティン、シャーロット・ブロンテ、ヴァージニア・ウルフ、アガサ・クリスティと、名だたる作家の本を開けるとそこにはそれぞれ個性的な銃が収められている。銃に詳しくないうえ、作家の特性にもうといわたしはその粋な関係がわからないが、わかる人にはわかるだろう。銃をぶっ放すような心意気で作品を書いた作家たちへの、いささか荒っぽい敬意の表明である。この図書館で何が起こるか、もうお分かりだろう。
最後のクライマックスの前にマカリスターがサムに面白いことを言う。「4人の娘が生まれた後、息子が生まれ、娘と違って息子はシンプルで、俺は孤独でなくなった。おまえは俺の息子を奪い、俺は再び家庭で孤立している」。フェミニストを自認しながら、じつは女嫌いな男が組織を束ねている。彼のサムへの憎しみがあからさまになり、サムの恐怖が初めて肌に伝わっていささかおののく。映画全体は、おそらくフェミニストの思考によって支えられているが、フェミニストの男の真意のようなものも透けて見える。
それにビンタを食らわすように開始されるクライマックスは、だからこそ胸がすく。戦闘シーンは荒唐無稽な世界だが、「偶然手に入った道具を使いまくれ」と煽る歌声がバックに流れて優美な武闘=舞踏が繰り広げられ、眠気を誘うようなことはない。個人的には、やはり名アクション女優、ミシュエル・ヨーの身のこなしから目が離せなくなる。クエンティン・タランティーノ監督が、ナヴォット・パプシャドが共同で監督した前作『オオカミは嘘をつく』(2014)を絶賛したというが、それとは全く趣の異なる快作になった。イスラエル出身のナヴォット・パプシャド監督からも目が離せなくなりそうだ。
◎2022年3月18日より公開
内海陽子プロフィール
1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら)
『愛がなんだ』:悲しみとおかしみを包み込む上質なコートのような仕上がり
『バースデー・ワンダーランド』:情感とスピード感に満ちた贅沢なひととき
『家族にサルーテ! イスキア島は大騒動』:けっして自分の生き方を諦めない大人たちを描きぬく
『エリカ38』:浅田美代子が醸し出す途方に暮れた少女のおもかげ
『ファイティング・ダディ 怒りの除雪車』:本作が断然お薦め! 頑固一徹闘うジジイ
『DANCE WITH ME ダンス ウィズ ミー』:正常モードから異常モードへの転換センスのよさ
『記憶にございません!』:笑いのお座敷列車 中井貴一の演技が素敵!
RBGがまだ世間知らずだったとき:ルース・B・ギンズバーグの闘い
『劇場版おっさんずラブ LOVE or DEAD』常に新鮮で的確な田中圭のリアクション
千葉雄大の孤軍奮闘にハラハラ;『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』
成田凌から飛び出す得体のしれないもの;ヨコハマ映画祭・助演男優賞受賞に寄せて
情熱あふれる歌・踊り・群舞;『ヲタクに恋は難しい』の高畑充希になり切る
生きていると否応なく生じる隙間;『街の上で』若葉竜也の「素朴」さに注目!
ヒロインを再現出させる魔術;ゼルウィガーの『ジュディ 虹の彼方に』
オフビートの笑いが楽しい;『デッド・ドント・ダイ』のビル・マーレイを見よ
現代によみがえる四人姉妹;『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』
夜にたたずむ男の見果てぬ夢;『一度も撃ってません』の石橋蓮司に映画館で会おう
長澤まさみの艶姿を見よ!;『コンフィデンスマン JP プリンセス編』は快作中の快作
どことなく滑稽でどことなく怖い;『星の子』にみる芦田愛菜の包容力
挑戦をやめない家族;『ヒトラーに盗られたうさぎ』でリフレッシュ
おらおらでひとりいぐも;田中裕子の『おらおらでひとりいぐも』
内海陽子「誇り高き者の確執、愛憎」;佐野亨編『リドリー・スコット』に寄稿しました
小粋な女性のサッカー・チーム;『クイーンズ・オブ・フィールド』で愉快になれる
娑婆は我慢の連続、でも空は広い;西川美和監督の『すばらしき世界』は温かく冷たい
感情を自在に操ることのできる演技者・水川あさみ;ヨコハマ映画祭・主演女優賞受賞によせて
最高の「嘘っぱち!」物語;『騙し絵の牙』の大泉洋は期待通りの全開
チャーミングな老人映画;『カムバック・トゥ・ハリウッド‼』を見逃すな
「打倒! まとも」が新しい世界を運んでくる;『まともじゃないのは君も一緒』の成田凌を深読みする
役所広司の醸し出す「歴史」;『峠 最後のサムライ』のぬくもり
異様な細部がすばらしい『ベルヴィル・ランデブー』;おばあちゃんの闘争は続く!
恋ゆえに渡る危ない橋『ファイナル・プラン』;リーアム・ニーソンからの「夢のギフト」
王道を行く人情コメディ;やっぱり笑える『明日に向かって笑え!』
「君は世界を守れ、俺は君を守る」;初々しい『少年の君』のチョウ・ドンユイ
漫画家夫婦の不倫ゲームを楽しむ;黒木華と柄本佑の『先生、私の隣に座っていただけませんか?』
未来についての勇気の物語;『愛のくだらない』の藤原麻希がみせる推進力
ムロツヨシの「愚直」な演技力;『マイ・ダディ』の聖なる滑稽さ
ジェイソン・ステイサムの暗く鈍い輝き;『キャッシュトラック』の「悪役」が魅せる
底なし沼に足を踏み入れたヒロイン;『アンテベラム』の終わらない感情
早すぎる時間の中での成長;『オールド』にみるシャマラン監督の新境地
二人はともに優しい女房のよう;西島秀俊と内野聖陽の『劇場版 きのう何食べた?』
おどおどしつつも男の意気地が光る!;中谷美紀と田中圭の『総理の夫』
生き生きとした幸福のヒント;加賀まりこが母を演じる『梅切らぬバカ』
前進する者への確かなエール;リーアム・ニーソンの『マークスマン』
小さな人間にも偉大なことはできる;妻の仇討ち物語『ライダーズ・オブ・ジャスティス』
AIを超える人間の誠意;『ブラックボックス 音声分析捜査』の最後に残る希望とは
体全体で感じる音楽の喜び;『CODA あいのうた』の家族たち
胸がすく女殺し屋の戦闘シーン;『ガンパウダー・ミルクシェイク』から目を離すな!