獲れたての魚のような映画;フィッシャーマンズ・ソング
『フィッシャーマンズ・ソング コーンウォールから愛をこめて』(2019・クリス・フォギン監督)
映画評論家・内海陽子
特にイギリス映画が贔屓というわけではないが、ある地方を舞台にした映画に人なつこい雰囲気のパブが登場すると、それだけで映画に「ウェルカム」と言われたようで、くつろいだ気分になる。日本と違ってグラスになみなみと注がれたビールを見ると、心底うらやましい。この映画は実在するイギリスのフォークバンド「フィッシャーマンズ・フレンズ」がプロとして成功する様子を追うが、物語の中心にどんと存在するのは、漁師をはじめとする町の人々の心のよりどころになっている「ザ・ゴールデン・ライオン・パブ」である。
ロンドンっ子風を吹かせてやって来た音楽関係者のひとり、ダニー(ダニエル・メイズ)はここで「ラガーを!」と注文して店を取り仕切るマダムに断られ、地元産のエールを勧められる。この町では、こういうよそ者のことをエメット(蟻)と呼んで軽蔑する。結婚式を控えた友人とひと騒ぎしにやって来たダニーたちは、案の定、海で遭難しかけて漁師のお世話になり、彼らの仕事歌=舟歌を聴くことになり、しわがれた声の混じるコーラスに感心する。
それで終わるかと思いきや、ダニーは上司に「契約しろ」と命じられ、やむなく交渉にあたるが、交渉が成立してみれば、上司は冗談だったと笑い飛ばす。冗談では済まされない、とむきになったダニーは町の人々同様の頑固ぶりを見せて、ことを軌道に乗せていくのである。とここまで書けば「あとは実際に映画を見てお楽しみください」と言うのが節度であるが、それでは気が済まず、おせっかいなことを書きたくなるのが映画好きというものである。
よくあるパターンだが、このダニ―という男、初めのうちはぱっとしない。リーダー格の漁師ジム(ジェームズ・ピュアフォイ)の娘で、シングルマザーのオーウェン(タペンス・ミドルトン)が営む民宿に泊まることになるが、勝気なオーウェンの前でおろおろするばかり。意外なことに小生意気な娘が彼になつき、オーウェンもやがて彼の良さに気づく。ジムが彼を認めるまでにいささか時間がかかるくらいで、これもまたよくあるパターンである。ウェルメイドな映画はこのパターンに味があり、新鮮で生きがよく美しい。獲れたての魚と同じである。
そもそもこの町、ポート・アイザックの色合いが美しい。全体に少しくすんだグレーがかかった色調に漁師も染まっていて、なんということもないシャツやズボン、コートが、いかにも落ち着いた大人の男、という印象を醸し出す。「フィッシャーマンズ・フレンズ」は普段着のまま歌うが、わたし好みの“ジジイ”が多く、角がとれた温かみがある。ひとりひとりがいい雰囲気だが、まとまるとさらに魅力が増し、茶目っ気も増し、覇気があり、それがすべて歌に出る。漁師たちは歌とともに生きて来たのだということがしみじみ伝わる。
500年の歴史を持つ漁師の歌に惚れたら、その歌を歌う人に惚れる。歌を歌う人に惚れたら、その人を育んだ町に惚れる。町に惚れたら、またさらに歌に惚れる。こうなるとエンドレスで、もう町に取り込まれていくしかない。おそらく、ダニーはこの町にやって来たときから、そう運命づけられていたのだろう。経営不振に陥っていた「ザ・ゴールデン・ライオン・パブ」をめぐるちょっとしたトラブルは、物語を進行する上で仕組まれたということがはっきりわかるが、それもまた快適なリズムを生む。ダニーの決断は、オーウェンの愛を勝ちとるためだけではなく、自分自身の居場所を見つけたがゆえの決断だったのだ。
自分が本来いるべき場所を発見するということはそう簡単ではない。それでも、意思ある人間がそこを求めて必死に模索すれば、きっと見つかるのである。トラディショナル・フォークバンドとして大成功をおさめた「フィッシャーマンズ・フレンズ」が素晴らしいのはむろんだが、彼らを育んだ町そのものの魔力を思い知らされ、ダニーとともにこの町に取り込まれたくなる。
内海陽子プロフィール
1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の新刊が出ました)
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