さらにレベルアップする甘利田先生の偏愛;青森・岩手に遠征する『おいしい給食 炎の修学旅行』
『おいしい給食 炎の修学旅行』(2025・綾部真弥監督)
映画評論家・内海陽子
給食への偏愛がこの立派な体躯を作った、と驚嘆せざるを得ない市原隼人主演のドラマシリーズ「おいしい給食」が、ついに “劇場映画本格シリーズ化宣言”! としか思えない最新作である。函館の「忍川(おしかわ)中学校」に赴任して3年、修学旅行を間近にした甘利田幸男は、今日も今日とて朝の校門に立ちながら、早くも給食に思いを馳せ、脳裏でメニュー(メロンパン)を確認しつつ給食時間の到来を今か今かと待っている。彼が給食を偏愛していることは全校生徒、教職員の知るところであるが、彼はそれがまったく知られていないと信じている。
人は何かに強く心が傾くと、それに没頭するあまり、もしくはその対象に義理立てするかのように、それ以外のことには心が向かわなくなる。甘利田が、机を並べる魅力的な女性教師や教え子の女生徒に心が向かわないのは、彼女たちに興味がないわけではなく、みずからにそれを禁じているからである。給食愛をまっとうするための禁欲性と緊張感が、彼の教師人生を支えて来た。
さて修学旅行の行き先は青森・岩手、2泊3日の旅である。給食担当のおばちゃん、牧野さん(いとうまい子)が「あれ、出るわねえ、わんこそば」と耳もとでささやけば、心は早くも岩手県花巻の空へ飛ぶ。青森のドライブインで昼食となれば、提供されるのは「せんべい汁」。甘利田はもちろん、彼と給食偏愛度を競う生徒の粒来(田澤泰粋)は、南部せんべいが入った熱々の鍋をおもいおもいに楽しむ。だがふと隣を見れば、スパルタ教師に率いられた他校の生徒たちが、ひたすら早食いを強いられ、苦しそうな表情で食べている。
彼らは花巻市「花堺中学校」の生徒たちで、引率するスパルタ教師、樺沢(片桐仁)のほか、かつて甘利田と机を並べた元同僚、御園先生(武田玲奈)がいた。思わぬ再会を喜ぶ暇もなく、両校の指導方針の違いがトラブルになりかかる。そして「花堺中学校」から、何か意図があるとしか思えない“給食交流会”の誘いがあり、甘利田はそれを受けて立つ。樺沢の教育方針に染まったかのように、御園先生の眉間にくっきりと2本のタテジワが刻まれているのが、なんだか気にかかる。
大問題というほどのことではないが、今回も、大人の思い上がりや勝手な指導方針の罪科が“給食”を通してシンプルに表現される。普段は口数の多くない甘利田が「あなたの食との向き合いを、子供たちに強要するものではない!」「目立たず、騒がず、無風で生きることしかできない、指示待ち人間しか生まれない!」と樺沢に言い放つところは痛快で、これは一種の他流試合であり、殴り込みだと感じる。むろん、言いたいことを言い切った者にはそれ相応のしっぺ返しがあるもので、敵はなかなか老獪であり、甘利田はそれ以上の対決を望んでいないとわかる。
ふと考える。このたび、甘利田がおのれの信じる正義を貫けば、それなりの勝利を得ることはできるだろうが、物語にオチがついてしまう。さまざまに矛盾をはらんだ世の中で、ひとまず思いを飲みこんだ甘利田の姿が、生徒たちの心に何を残すか、というのがこのドラマの主題のはずで、主題は繰り返されなければならない。それがシリーズ化だ。さまざまな学校で、さまざまな生徒や教職員を相手に、同じ主題を唱え続ける、その提唱者として、市原隼人演じる甘利田幸男先生は、特別な才能と清潔感を持っている。
甘利田の好敵手・粒来の背丈が、甘利田と同じになって来たことも、このドラマのさらなるシリーズ化を促す。甘利田がこれから行く先に、また好奇心旺盛で茶目っ気たっぷりな度胸のある生徒が待っているだろう。先生と生徒が“友だち同士”になるというのは微妙なところもあるけれど、甘利田という先生を友だちにできる生徒は、間違いなく彼と同じ才能と清潔感を秘めているだろう。そうやって、全国に甘利田に感化された生徒が増えていくと夢想するだけで、わたしの心はふくらむ。
最後に忘れてはいけない人物がいる。甘利田が南方に転任すると給食の牧野さんに告げたとき、彼女が白衣を脱ぐと、その下はアロハシャツである。甘利田はタジタジとなり「この人には底知れない何かを感じる」とつぶやくが、彼女はずばり給食の女神である。だからこそ甘利田はさまざまな危機をかいくぐれて来たのであり、これからも果敢に進んで行けるのである。わたしもずっと両者のご縁に繋がれますように。
◎2025年10月24日より全国公開
内海陽子プロフィール
1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら)
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