スマホを落としただけなのに ー最終章ー ファイナルハッキングゲーム;裏切りと裏切りの果てに
『スマホを落としただけなのに-最終章-ファイナルハッキングゲーム』(2024・中田秀夫監督)
映画評論家・内海陽子
俳優・成田凌はすっかり一流になった。こぎれいで感じのいい役だけではなく、気色わるい犯罪者も巧みに演じるということが知れ渡ったが、やはり第一作『スマホを落としただけなのに』(2018・中田秀夫監督)を見返すと懐かしい。さっぱりした好青年顔から、突如、目を異様に見開いた異常者の顔になると、この変貌を演じられる俳優は意外に少ないと痛感する。みずからの中にある卑しさを自覚していないことには表現できない顔であり、それがエンターテイメントとしての絵にすっきりはまるから嬉しいのである。
あれから6年。シリーズ三作目となった本作で、主人公の浦野(成田凌)はスマホのハッキングによる殺人鬼として大物になり、韓国の反政府組織による大規模なサイバーテロの仕掛け人としてスカウトされる。実際は誘拐されたわけだが、お目付け役の黒髪の美女スミン(クォン・ウンビ)が彼を手なずけようとするのを難なくかわし、逆に彼女を虜にする。今回の浦野は囚われのプリンスさながら、全編を通して気品を保とうとしているように思える。このあたり、成田凌の卑しさを堪能し始めた観客には少し物足りないかもしれない。
いっぽう、第二作『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』(2020・中田秀夫監督)で、刑事の加賀谷として孤軍奮闘した千葉雄大は、このたび内閣官房サイバーセキュリティ室に出向となり、新たな気持ちでサイバーテロに向き合うことになる。そして、かなり早い段階で浦野の存在を嗅ぎ取る。両者は対立する関係ではなく、互いを気遣う友人関係、もしくは恋人関係に似た様相を呈することになる。映画全体のテンポも、どことなくゆったりして、陰惨さを意図的に回避しているようでもある。
二作目で、浦野と加賀谷がともに親からの虐待を受けて育ち、それゆえに心が通じ合うということが描かれたが、今回、同じことが浦野とスミンの間で起こる。浦野はスミンが用意する食事にほとんど手をつけなかったが、彼女が韓国の巻きずし「キンパ」を作って盆に並べたときには、素直に口にする。それを見て喜んだスミンは、母から譲り受けた作り方だと説明するが、それは事実ではない。そのことを察知した浦野は、スミンに対する警戒心を解き、加賀谷に対するときとほぼ同じ感情におそわれる。虐待されて育った者同士の連帯感。ちょっと安易な気もするが、愛というのは案外単純なものかもしれない。
結果的にスミンが裏切ることになるのが、反政府組織ムグンファの作戦本部長・キム(大谷亮平)で、彼が日本のある人物と繋がっているのがわかる。それがサスペンスの通奏低音になって、加賀谷の周囲の人々が皆、うさん臭い人物に見えてくる。加賀谷には、その情報をくれたのが浦野だということだけがわかり、なかなかその人物にたどり着けない。真相にたどり着いてみればなるほどと思うが、ここはいい俳優が演じているのでわからない。わからないことは悪くない。映画におけるこういうお約束は、うまく行くと優美である。
いい俳優と言えば、浦野が尊敬する韓国人の剝製師・チョンとして、佐野史郎が登場する。さまざまな動物の剥製を作る彼は、人間の剥製を作ることでも有能だと説明される。浦野は、第一作のターゲットであった麻美(北川景子)に相当な未練があり、彼女の剥製を作ることを最終目的にしている。つまり、チョンは最後の仕上げ人となることを期待されており、佐野史郎の出番はわずかだが、なかなかいいムードを醸成している。
周到に仕掛けられ、首尾よく終わりにたどり着いた物語は、むろん犯罪ではあるけれど、社会派良心作と言ってもいい、一種壮快な仕上がりになっている。決して誰にも言ってはいけないエンディングは、わたしにはセンチメンタルな少女漫画のようである。続編はおそらくないだろうが、わからない。たとえ裏切られることになっても、おおらかに受け入れよう。この映画のような裏切りに快く裏切られることこそ、映画ファン冥利に尽きるのだから。
◎11月1日より公開
内海陽子プロフィール
1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら)
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