三姉妹の諍いが激しい『お母さんが一緒』;画面に出てこない母親の甘酸っぱい存在感

『お母さんが一緒』(2024・橋口亮輔監督)

 映画評論家・内海陽子

 誰かを見ていて、この人には女のきょうだいがいないだろうな、とか男のきょうだいがいないだろうな、と思うことがある。女のきょうだいがいない男は、女に対する観念が一面的で単純な傾向がある。いっぽう、男のきょうだいがいない女は、男に緊張しやすく過大評価に傾く場合もある。わたしは弟がいるだけなので、男が頼りにならないということを知ったくらいだが、三人姉妹のひとりだったら、と夢想するとちょっとオソロシイ。

 わたしにとって、三人姉妹とその母親の温泉旅行のありさまを描くこの映画は、コワイもの見たさという意味でホラー映画である。三人それぞれの言い分とコンプレックス、恨み、つらみが大きくふくらんでいることは明らかで、それが一種の密室と化した温泉旅館の一室で盛大に弾ける。姉と弟の喧嘩とはまるで違う。この三姉妹の諍いのテーマは顔貌の差にあり、全員がそれなりに味のある顔立ちなのに、僅差を取り上げて目くじらを立てることになるのが、まずはオソロシイ。

 長女・弥生(江口のりこ)は一重まぶたを気にしている。そもそも母親がそれを気にしたらしく、次女・愛美(内田慈)と三女・清美(古川琴音)には美という字の名をつけた、とひがみを言う。わたしから見ればすっきりした夏美人なのに、わざとへたなアイメイクをほどこしてコンプレックスを語る。彼女がメガネと鼻の間に白い紙をはさんで登場するのがへんてこで面白いが、これがコンプレックス爆発のきっかけになる。

 次女・愛美は目鼻立ちのはっきりした美貌だが、親の期待に応え続けてきた成績優秀な姉にコンプレックスがある。異性にもてるようだが長続きしない。仕事も思うようにいかず、困れば母や姉を頼り、人生に対していささか捨て鉢だ。母親の誕生日を祝うための温泉旅行の計画を任されたが、姉がいちいち文句を言うのに閉口している。そこへ妹から突然の報告があり、自分でも信じられないほどのショックを受ける。

両親と一緒に暮らしている三女・清美は可愛い小顔で、姉たちの毎度のような角突き合いを諦めたように眺めている。母親の誕生日プレゼントの話題が出たので、交際中の男性・タカヒロ(青山フォール勝ち〈ネルソンズ〉)との結婚を報告しようと思うと清美に打ち明けると、姉は異様なほど驚く。その様子にいくぶん気分を害しているところに、気の早いタカヒロが到着する。見た目通り、気はいいけれど気の利かなそうなタカヒロを前にして、姉たちの動揺は止まらない。重箱の隅をつつくような言い争いはエンドレスだ。

 三姉妹の母親である女性は画面に姿を現さない。冒頭、車の後部座席に座っている姿が一瞬シルエットで映るが、それっきり。姉妹の会話の中で“弥生はお母さんにそっくり”と言われるので、江口のりこが二役で登場するかと期待したが、そうはならない。しかし三人の姿をずっと見ていれば、おのずと母親の姿は浮かび上がってくるものだ。第一、いずれ母親はいなくなるのだから、その後は三姉妹の心身に生き続けることになる。母親はすでに亡くなっているという設定も成り立ち、そう思うと甘酸っぱい気持ちになる。

 タカヒロがときどき、胸に刺さることを言う。愛美と清美がじゃれあって布団に転がれば「うっわあ、女のきょうだいって、いいっすねえ!」。そうだ、他人から見ればいい姉妹だ、それでいいじゃないかと思う。その後、姉たちとの喧嘩の末に旅館を飛び出した清美を車に乗せたタカヒロが言う。「大切なことは太陽が出とるときに考えよう」。タカヒロという男が三姉妹全員を包んでいるような貫録を見せる。姉たちももうわかっているだろうが、清美とタカヒロの結婚はきっとうまくいく。

 母へ渡しそびれたプレゼントのスカーフに丁寧にアイロンをかける弥生。自分の衣装にもアイロンをかけてくれた姉に感謝する愛美。姉たちとぶつかりあった末に放心状態になった清美。その前に再び現れるタカヒロ。晴れた天気のように、互いの心が一夜明けて落ち着きを取り戻す。ようやく露天風呂に入ることができた全員の幸福感が画面をおおう。いい旅をさせてもらったな、とわたしも露天風呂で背伸びをしている。

◎7月12日より全国公開

内海陽子プロフィール

1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら

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