殺人犯と少年たちの熾烈な心理戦;『ゴールド・ボーイ』は果てしない愛憎の迷路
『ゴールド・ボーイ』(2023・金子修介監督)
映画評論家・内海陽子
男でも女でも大人でも子供でも、観ていて心惹かれた人物が最後まで虐げられたまま、という物語にはどうも耐えられない。極上の着地点ではなくとも、その人物の心が多少晴れたであろうというものを残してほしい。この映画で、わたしが最も気になるのは頬のほくろがチャーミングな娘、夏月(星乃あんな)の姿で、その心の動きに沿って思い返すと、この映画において彼女は救済者になり、罰する者にもなる。そこにゆかしさを感じる。
沖縄で暮らす利発な少年、朝陽(羽村仁成)に助けを求めた不遇な友人、浩(前出燿志)と義理の妹の夏月。心を通わせた3人はともに13歳で、ある殺人事件の現場を偶然撮影する。犯人は、この地を支配する“東ホールディングス”の娘婿の昇(岡田将生)で、義理の両親を亡きものにしたのち、莫大な遺産をわがものにしようと計画している。それを見抜いた朝陽は「僕たちの問題は、みんなお金さえあれば解決しない?」と、浩と夏月に協力を持ち掛け、大胆にも昇を脅迫し、6千万円を要求する。
ローティーンに脅された昇は一瞬逆上するが、それを抑え込み、ひとまず交渉に応じることにする。慎重な朝陽の態度に侮れないものを感じたからだが、交渉が続く中で、二人には共通点があることがわかる。「島での少年時代が黄金時代だった」と語る昇は、朝陽に対して奇妙な親愛感を抱き、好敵手と認めたようである。冷静に知恵をめぐらす朝陽と、冷酷で直情径行の昇。年の離れた二人のゴールド・ボーイの対決という図が展開するいっぽうで、ローティーンのみずみずしい夢の日々がつづられる。
サスペンスの種明かしのようなシーンから始まり、人間の愛憎関係が出し惜しみされることなく激しい調子で繰り広げられる。主要人物は誰もやられっぱなしではなく、それぞれのやり方で抵抗し、逃走し、もがく。陰惨なシーンですら、主要人物が生き抜くために必要な作業のように思えて、まずはそれが成功するようにと願ってしまう。東家の血を引く刑事(江口洋介)が、昇の様子に疑念を抱きつつ追うが、彼の行動にもまして、朝陽がリードするローティーンチームの“活動”を息詰まる思いで見守ることになる。
二枚目ならではの悪相がみごとに似合う岡田将生は、財産をわがものにすることより、小生意気なゴールド・ボーイ=朝陽に打ち勝つことの方が大事になって行く男の姿をさっそうと演じる。かねて離婚を切り出していた妻を殺害した方法を朝陽に問われ、嬉々として白状する心理が手に取るようにわかり、朝陽は脅迫者というよりもまるで名探偵のようだと思う。名探偵というのは、犯罪者が思わず本音を打ち明けたくなる存在なのだろう。
終始、落ち着いた表情で朝陽を演じる羽村仁成は、利発さの裏に根深い復讐心を隠し持ち、嘘が巧みな少年を明確に表現する。きっと彼の中にも少年らしい純情はあるのだろうが、それにもまして復讐心と支配欲に囚われているということがよくわかる展開は見事だ。彼が勝ち誇ったように言うセリフ「リサーチがすべてだ」は説得力がある。なにごとにつけ準備不足でおっちょこちょいなわが身を顧みて思わず粛然とするほどである。
わきを固める実力派の中で、やはり注視すべきなのは黒木華だ。お人好しで平凡な朝陽の母親を演じて、いくぶん役不足かと思いきや、最後にさすがの名演を見せてくれる。詳しくは書けないが、ここで彼女は夏月の代理人として重要な役割を果たすことになる。母にも母の過ごした青春の日々があり、夏月の思いをしかと受け止めたのであろう。また、ここには夏月の男に対する深い絶望と諦念がにじみ、母はそれをも背負うのである。その緊張感となにげない所作に、当代随一の女優の貫録を見る。
「リサーチがすべてだ」と豪語した少年を守ろうとするのは少女の純情である。その少年を追い詰めることになるのも少女の純情である。しかも彼女はきっと勝ち誇った顔はしないだろう。そう思うととても悲しくなる。
●2024年3月8日公開
内海陽子プロフィール
1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら)
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