『身代わり忠臣蔵』（2024・河合勇人監督）

 映画評論家・内海陽子

　たいていの人がよく知っている「忠臣蔵」ともなれば、もはやイジル余地はない気がするが、歴史には必ず裏があり、捏造された物語だという説もある。そして現代には愉快な才能を持つ人がずらり揃っている。その筆頭というべきムロツヨシに、吉良上野介と、その身代わりになる弟の二役を演じさせたら、というアイデアはシンプルそのものだが、それがいい。内容はムロツヨシがスクリーンの中ではしゃぎ回るだけ、と言ったら語弊があるだろうが、彼がはしゃぎ回る姿はそれだけで一見の価値がある。

　世の中で起こる事件にはとんと興味がない、その日暮らしの貧乏坊主・孝証（ムロツヨシ）は、なにを隠そう吉良上野介（ムロツヨシ）の弟。上野介が江戸城、松の廊下で赤穂藩主・浅野内匠頭（尾上右近）に斬りつけられ、重傷を負ったため、身代わりになってくれと家臣の斎藤宮内（林遣都）に懇願される。褒美の金に目がくらんで引き受けたが、そもそもお人好しで情にもろいところのある孝証は、知らず知らずのうちに善良な殿様になってしまう。そして窮屈な屋敷を抜け出して向かった吉原で、お大尽遊びをしている浅野家筆頭家老・大石内蔵助（永山瑛太）と鉢合わせし、意気投合する。

　二人が高尾太夫（橋本マナミ）たち遊女を相手に大騒ぎする様子は、廓を舞台にしたコメディのお決まりのパターンだが、ムロツヨシは軽妙な身ごなしを見せ、ベテランの幇間のようである。彼の演技の妙味は独特の間にあり、一瞬、シリアスな顔になったり、また崩れたりの変化が快調で、ファンになってしまった人は中毒症状を呈するだろう。いささかお下劣なシーンも、そうなる一歩手前でとどまるから、いや、たとえお下劣なまま突き進んでも、どこか愛嬌のあるしぐさに見えるから、お下劣ムードがかき消えてしまう。

　相手をつとめる内蔵助役の永山瑛太は、まさに二枚目らしく、ときに真顔で「忠臣蔵」の大石の苦悩を演じる。そのうえで肩の力を巧みに抜き、ふっといたずらっ子のような表情になり、ムロツヨシと難なくシンクロして見せる。いよいよ切羽詰まった孝証が内蔵助に事実を告げなければならないシーンがくるのがもったいないようで、この三文芝居がずっと続いてくれたらな、と思うほどだ。

　忘れてはならないもう一人は、上野介の側近、斎藤宮内を演じる林遣都だ。傲慢で横暴な上野介によっていつしかマゾっけを開花させられてしまったという設定が微妙に似合う。彼が、ドラマ「おっさんずラブ」とその映画版の好演を経て、新たなコメディセンスを身に着けたのは間違いないだろう。彼の場合も、もう少し長く、この三文芝居の中で揺さぶられてもらいたいと、非常に残念に思う。

　孝証がほのかな思いを寄せる桔梗（川口春奈）にも触れないわけにはいかない。吉良家に女中として仕え、上野介の無礼な振る舞いにも耐えた彼女は、出しゃばらず、思いやりがあり、しっかりした気性の娘である。彼女の親切が嬉しくてときどき図に乗る孝証には、軽い肘鉄を食らわすが、その様子にニュアンスがあってなかなか魅力的だ。二人の将来を予感させるオチのつけ方も愛らしい。

　この手のコメディ時代劇は、かつてならオールスターキャストの正月映画として華々しく公開されたに違いないのだが、現代ではやや控えめなお披露目になっている。しかしわたしにとっては、十分オールスターキャストの正月映画であり、心躍る初笑い映画である。

●２月９日より公開

内海陽子プロフィール

１９５０年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、１９７７年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」（共著）として刊行された。１９７８年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。（著者の近著はこちら）

 

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