小粋な女性のサッカー・チーム;『クイーンズ・オブ・フィールド』で愉快になれる
『クイーンズ・オブ・フィールド』(2019・モハメド・ハムディ監督)
映画評論家・内海陽子
いまがだめならなおのこと、過去の栄光は輝かしい。北フランス・クルリエールのサッカーチーム「SPAC」は90年の歴史を誇るが、若い選手は隣町に去り、中年選手が奮闘するも最下位でチームの存続が危うい。そんな時期だというのに、乱闘騒ぎを起こして選手全員が出場停止処分を食らう。それならわたしたちが代わりにやるわ、と元気な主婦や学生が立ち上がり、「戦争中は工場で女が働いたものだ」と老人が応援するが、言うは易し。プレーの未熟さもさることながら、やはり問題は女であること。楽しい遊びはすべて男のもの、という風潮は古今東西変わらないのである。
男に代わって女がプレーする、となると思い出すのは名作『プリティ・リーグ』(1992)。第2次世界大戦中、アメリカでは男子選手が出征したので女子プロ野球リーグが作られた。この史実をもとにした映画で、トム・ハンクスが酔いどれ監督をつとめ、ジーナ・デイビスやマドンナが選手役で出演して大活躍する。『クイーンズ・オブ・フィールド』は、当然この映画を参考にしたと思うが、ハリウッドの娯楽作とはまったくノリが違う。全体にとぼけたラテンムードで、フランスの田舎っぽさ全開、そしてどことなく小粋。垢ぬけた美人や裕福な奥さま、筋骨たくましい警官、若い女学生がフィールドを走り回る。
チームを率いる監督は、歴代得点王のマルコ(カド・メラッド)。道路の広告看板磨きが生業で、人間味があり人望がある。マネージャー格は彼の父で人気者のパピー、大酒のみでいささか抜けているミミル(アルバン・イヴァノフ)が助手についた。ほかの男たちは妻に代わって家事や育児をしなければならなくなっておもしろくない。それどころか率先して妨害し始める男がいる。女子チーム結成に反対して「SPAC」の代表を降りたミシェルは、チーム創立者の孫である妻カトリーヌが勝手に選手志願したのが気に入らない。夫たちはみんなやきもち焼きなのである。
そんな男たちを尻目に女性陣はますます意気盛ん。ステファニー(セリーヌ・サレット)が新代表に名乗りを上げ、施設で更生中のサンドラ(コリン・フランコ)が、サッカー経験があると売り込んでくる。そのボールさばきは抜きん出ており、彼女に首尾よくゴールを狙わせるべく、マルコは戦術を練る。マルコの熱意に応え、全員が心をそろえて練習に邁進する。試合では女相手にきたない手を使う男の選手もいるが、女性陣も負けてはいない。好プレー、珍プレーが続出する。
残り三試合、どういう結果が待ち受けるかは見てのお楽しみだが、この映画において試合の勝ち負けはさほど重要視されていない。それよりも大事なのは、このクルリエールで生きている人々の生活である。ビルの入り口にたたずむマルコの憂鬱そうな表情から、サッカーに明け暮れて妻に捨てられた過去がうかがいしれる。ミミルが連れてきた口の悪い選手とミミルの関係、夜中に飲み歩いて施設に戻るのが遅れてしまったサンドラの世話をどうするかも悩みの種だ。いっぽうで町の男たちの不満はふくれ上がり、女子チームへの批判は高まるばかり。そうこうするうち、パピーが心臓発作と思しき症状で倒れてしまう。
上映時間はわずか1時間半ほどで、展開はきわめてスピーディ。もっと描きこんでほしいと思う箇所や説明が足りないなと思う箇所もある。だが本来、映画は観客の想像力を誘発することこそが肝心なのであり、この映画の姿勢は申し分ない。モハメド・ハムディ監督は10年ほど大学で教えたことがあり、編集者の経験もあるそうだ。そのことがどれだけ映画に生かされているか、この一作ではわからないが、小難しいテーマをこねくり回し、観客をけむに巻いて悦に入る、といったタイプではなさそうだ。それどころか、人間が好きでたまらないといった熱い息遣いが随所に感じられる。
エンディングはむろんこの手のドラマの常道と言うべき大団円。いや、これを大団円と言っていいのか?と異議を唱えたい方もおられるだろう。断言しよう、これを大団円と言っていいのである。人生は勝ち負けに左右されてしまいがちだが、ほんとうに大事なことは、できる限りの努力をして、そののち、愉快になれるかどうかだ。その一点において、この街の人々は豊かな価値観を共有することができたのである。大いなる共感をこめて彼らの人生を讃えたい。
◎2021年春公開
内海陽子プロフィール
1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら)
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