千葉雄大の孤軍奮闘にハラハラ;『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』
『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』(2020・中田秀夫監督)
映画評論家・内海陽子
わかりやすい美青年に見えるが、そういう範疇に収められるのを厭うかのごとく、こわれかかった役、ゆがんだ役を積極的に演じるのが成田凌である。彼が凶悪な殺人鬼に扮した『スマホを落としただけなのに』(2019・中田秀夫監督)を観た映画好きの友人が「成田凌の無駄遣い」とため息をついた。当時はなるほどと思ったが、いまは考えが変わった。『カツベン!』(2019・周防正行監督)の主演を経たせいもあるだろうが、この続編で彼が演じる「囚われの殺人鬼」は一回り大きくなって華やかである。
『羊たちの沈黙』(1991・ジョナサン・デミ監督)以降、獄中の殺人鬼というのは“獄中の知恵者”と呼ぶべき定番キャラクターになっている。それに加えて『ジョーカー』(2019・トッド・フィリップス監督)が大ヒットして悪のカリスマという言葉もすっかり世間になじみ、異色の殺人鬼が呼吸しやすくなったのだろう。成田凌の肩の力が抜けてご機嫌が良さそうなのも当然である。
今回の主人公は、神奈川県警サイバーセキュリティ対策課に所属する刑事で、元プログラマーの加賀谷(千葉雄大)。前作で犯人・浦野(成田凌)と対決し、スマホを落とした富田(田中圭)と、その恋人・麻美(北川景子)の命を救ったが、またもや事件が起こった。被害者は髪の長い女性ばかりではなく、浦野の犯行に結びつかない。やむなく獄中の浦野に対面した加賀谷は、浦野が教えを乞うたという「M」の存在を知らされる。浦野はパソコンと特別待遇を与えられれば、Mに近づけると言う。警察はそれに飛びつく。
いっぽう、加賀谷は恋人・実乃里(白石麻衣)との将来について消極的で、彼女をいら立たせている。そんな実乃里に接近する怪しい風体の男は、彼女の携帯に仕掛けをして情報を盗み取り、プライバシーを把握する。自分がいかに危ない状態に置かれたか、知る由もない彼女は、ひたすら加賀谷との関係に悩むばかり。彼は心の傷を彼女に隠しているのだ。
その傷というのが浦野と共通していて、実の母から虐待されたという過去である。演じる千葉雄大も成田凌もきれいな顔立ちなので、小さい頃はさぞかし可愛い顔だったろうなと思うと、虐待をする母心が想像しにくい。それ以上に、一応まともな社会人に育った加賀谷が、虐待されたという一点だけで、浦野という人間と心を通わせることができると考えるのは早計ではないか、いや、傲慢ではないかとすら思う。
まもなく神奈川県警のホームページが何者かに乗っ取られる。実乃里の身にもついに危険が迫る。はたして今回の犯人は誰か、Mとは何者か、画面に見え隠れする、顔に醜い傷痕のある男がMなのか。獄中で生き生きと暮らす浦野の真意はどこにあるのか。いくつもの謎が提示されつつ、終局に向かう。
途中で、顔に傷痕のある男を演じるのが井浦新だと判明する。井浦新は『ニワトリ★スター』(2018・かなた狼監督)で成田凌と共演し、二人で楽しそうにバカをやっていた。となると彼こそがMで、彼は獄中の浦野の強力な助っ人なのではないか、と俳優の相関関係から勝手な想像をする。この二人を相手に、小柄な千葉雄大が孤軍奮闘するとなると大変だ。危機に陥った警察の機能と危機に陥った恋人の命、加賀谷はどちらも守りぬかなければならないからだ。
例によってわたしの予想は外れ、井浦新は成田凌の助っ人ではなかった(これくらいは明かしてもいいか)。とはいうものの、顔つきや存在に重量感のある俳優が、千葉雄大のような小柄できゃしゃな俳優の前に複数立ちはだかると、彼の孤軍奮闘が気の毒で観ていられない。誰か強力な助っ人に駆けつけてもらいたいという思いがつのる。
そういえばテレビドラマ『おっさんずラブ in the sky』(2019・テレビ朝日)で千葉雄大と共演した田中圭が、冒頭の結婚式シーンで花婿として登場する。幸せの絶頂で笑み崩れたまま退場するが、千葉雄大は、田中圭のかつての熱愛の相手なのだから、強力な助っ人として再登場してくれてもいいではないか。わたしは映画もドラマも俳優個人も混同してやきもきする。
内海陽子プロフィール
1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の新刊が出ました)
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