フク兄さんとの哲学対話(27)デイヴィッド・ヒューム⑤ルソーとの喧嘩の顛末

とうとう東京オリンピックが開催されるというので、東京の街はどこかあわただしく、緊急事態宣言下なのに、逆に人の移動が激しくなった感じがする。なるたけ人混みを避けてフク兄さんのお家にたどりつくと、フク兄さんは上機嫌で迎えてくれた。例によって( )内はわたしの独白である。

フク兄さん おお、よく来てくれたのう。新型コロナには感染しないワシのほうが出向こうかと思ったのじゃが、何か持ってくるものがあるというのでなあ。(持ってこいと言ったくせに、よくいうよ)。

わたし いやいや、新型コロナもデルタ型とかに移行しているから、みんな十分に注意したほうがいいよね。……さて、今日はデイヴィッド・ヒュームの最終回で、50歳代に起こった事件と、後世への影響について語りあいたいと思っているんだ。

フク兄さん たしか、第1回で触れていた、ルソーとかいう人物との喧嘩のことかの?

わたし そうそう、よく覚えていてくれたねえ。西欧哲学史上最大のスキャンダルといわれ、これまでも多くの人が取り上げてきたけれど、不思議なのは2人が喧嘩したことより、同情がジャン・ジャック・ルソーに多く集まることなんだ。どう考えてもルソーのほうが性悪なのに、「なんてモダンな奴なんだ」とか「センシティヴでコンプレックス」とか言って、ルソーへの思いを深くする人がいるんだよね。

フク兄さん う~ん、よく分からんが、喧嘩はまず双方の話をきかんとなあ。

わたし おっと、まず、その喧嘩のきっかけから説明しないとね。これまで4回にわたって話してきたデイヴィッド・ヒュームは、哲学史上、多くの業績をあげたけれど、宗教について無神論的とレッテルを貼られて、結局、大学教授にはなれずじまいだった。でも、何人かの貴族に声をかけられ、秘書やアドバイザーなどの地位を得てきた。50歳代にパリで過ごしたのも、ハートフォード卿が英国の駐仏大使になったとき随行を頼まれたからなんだ。

フク兄さん で、いつ喧嘩するのじゃ?

わたし そう急かさないでよ。このパリでの時代が、ある意味でヒュームの絶頂期なんだから。若い時にフランスにいたときには、まだ、無名の青年だった。でも、このときには『イギリス史』や『政治道徳論』など、フランスでもよく読まれている有名著作家になっていて、パリのサロンでも大人気だった。でも、この人気ゆえに、面倒なことを頼まれることになる。当時、フランスで人気者の思想家といえばルソーだった。しかし、この男は政府の要注意人物になっていて、ある貴族の夫人から、ルソーが英国へ脱出するのを手伝ってくれないか持ちかけられるんだ。ルソーは逮捕寸前だったらしい。

フク兄さん ふむ、ふむ。最初はルソーを助ける側に立っていたわけじゃな。……ところで、もうそろそろ、例のものは出てこないのかのう。

わたし え、それはまだ早すぎるんじゃないの? 話も導入部が終わっていないし……。

フク兄さん 何を言うか、よいことをするのに早すぎるということはない。ほっほっほ。(ほんとに、よいことなのかなあ)

わたし しょうがないなあ~。ほら、カミサンから預かってきた1本だよ。

フク兄さん おお、またしても秋田の「雪の茅舎」ではないか。おや、今度のは大吟醸じゃな。さあ、これに注いでおくれ。(わ、またご飯茶碗だ)……お、とととと、ぐび、ぐび、ぐび、ぐび、ぐび、ぐび……ぷふぁ~! これは旨い。伝統的な味わいのなかに、今様のフルーティな香りが漂うぞよ。ささ、おまえはこれで飲め。(あれま、ちいさな盃じゃないか)

わたし お、ととと、ぐび、ぐび、……おお、これはいい。なるほど、フルーティな風味が感じられる。……それで、ヒュームに戻るけれど、紆余曲折はあったものの、ヒュームとルソーは支援者の貴族のパリ邸宅で会うことになる。ヒュームはたちまちルソーを信頼してしまい「わが弟子よ」などと呼んでいる。なぜ、それほどルソーが気に入ったかはよく分からないのだけれど、ルソーに天性の人たらしの才があったこと、さらに、シンパシー(共感)を軸に人間関係を考えるヒュームと、ピティエ(哀れみ)を人間の根源と考えるルソーには、共通する部分があったと思われる。

フク兄さん なんだ、まだ、喧嘩をしないのか。それどころか、意気投合してしまったではないか。つまらないの~。

わたし しかし、この意気投合は一時的なものにすぎなかったんだ。パリを立つ前に、ヒュームは世話になっていたドルバック男爵に挨拶に行くと、ドルバックはルソーを連れていくことに懸念を示し、「あなたはルソーという男が分かっていない。しばらくすれば、あなたが懐にマムシを温めていることを知るだろう」とまで警告したらしい。

フク兄さん そのルソーさんは、人によって評価が大きく違っていたわけじゃな。

わたし ま、そうだろうとヒュームは思ったらしい。しかし、ロンドンに着いたときから、ルソーは自分が罠にはまったのではないかと疑い始める。都会は嫌いだというので、北スタッフォード州の田舎に邸宅を見つけてあげて、送り出そうとすると、馬車を雇ったことをあれこれ邪推してくる。ヒュームが困惑すると、突然、すがりついてきて接吻して、「許してください。愛しています」と涙を流してわびたという。その様子に引きずられて、ヒュームも泣いてしまう。54歳のヒュームと53歳のルソーが、涙まみれで抱き合っているのは、さぞ異様だったろうね。ともかく、ルソーは猜疑心が異常に強くて、感情の起伏が激しいので、周囲の人間を啞然とさせることばかりなんだ。

フク兄さん ルソーさんという人は、年がら年中、酔っ払っていたのじゃないかのう。

わたし いや、そういう行動を、まったく酒なしで繰り返すわけなんだよ。北スタッフォード州の邸宅には、事実上の妻のテレーズもやってきて、いっとき平穏に暮らしたんだけれど、そのうち、ある雑誌にルソーを中傷する記事が載ると再びヒュームを疑い出す。ルソーはヒュームが背後で自分を陥れるために動いていると思い込み、ヒュームを「裏切者」と言い出す始末なんだ。結局、ルソーはテレーズを連れて、英国を抜け出してしまい、ヒュームの悪口をばらまいて歩いた。

フク兄さん ……、そこまで酔うのは、わしでもちょっと無理じゃのう。

わたし こうしたルソーの性格は、もちろん、弾圧されてきたことで生まれた被害妄想も大きかっただろうけど、それだけじゃないんだね。ルソーは、美しい愛にかんする言葉を操り、夢想的なロマン主義文学の先駆と言われる小説や告白文を書くだけでなく、新しい社会を構想して革命を促すといった政治思想家でもあったんだ。

フク兄さん そういえば、以前、ホッブズさんのところで、ルソーの『社会契約論』という本のことを話したな。

わたし けれども、私生活では次々に貴族の夫人たちとねんごろになり、パトロンになってもらっては捨てて、別の婦人を求めるという、とんでもない卑劣漢なんだ。女性で長く続いたのは、事実上の妻といわれたテレーズだけなんだけど、彼女は出自もよくわからない女性で、ルソーがいないときには平気で浮気をしていたといわれる。おたがい、騙しあっているんだけれど、腐れ縁でつながっている。2人でつくった子供が5人いたんだけど、そのすべてを、孤児院の玄関に置いてきたといわれている。

フク兄さん とても本当の話とは思えんのう。

わたし そういう私生活にもかかわらず、ルソーの作品を研究する人たちの多くは、彼の文学や思想の作品を、逆に、それだからこそ有難がる傾向があるんだ。この点については、いずれルソーについても取り上げたいと思うけど、可哀そうだったのはヒュームで、ルソーが発する妙なオーラにとらわれて、誠意をもって亡命を手伝ったあげく、裏切者とよばれて、でたらめな噂をヨーロッパ中に流されることになった。

フク兄さん せっかくの酒がさめてしまったぞ。とんでもない思想家さまじゃなあ。

わたし ヒュームは、そのときになって、ようやくルソーのことを「悪魔」と罵ったといわれる。しかし、ここからはヒュームらしいのだけれど、わりと早く正気を取り戻し、ルソーと交換した手紙や関係文書を集めて、友人たちに委託し1冊の本にして刊行している。これは自分の名誉を守る行為だから、当然だと思うのだけれど、友人たちのなかにはやめたほうがいいという者もいたらしい。ルソーというのは癖の悪い人間と思われていたからなんだ。ルソーの研究者のなかには、そうしたヒュームの几帳面な性格が、かえってルソーを追いつめたと論じる人もいるけれど、それはとてもフェアな判定とはいえない。

フク兄さん もう、ルソーの話はやめにして、「雪の茅舎」を飲みなおそうぞ。えんがちょ、えんがちょ……ぐび、ぐび、ぐび、ぷふぁ~!

わたし 最後にすこしだけ、ヒュームの後世への影響について付け加えておくね。まず、哲学史で有名なのが、ドイツの哲学者カントへの影響だった。第2回に話した因果関係を判別するのは知性ではなく想像力だという説は、カント自身が「独断論のまどろみ」から覚めさせてくれたと告白するほどの衝撃だった。もちろん、カントはそのままヒューム説を受け入れたのではなかったけど、彼の『純粋理性批判』の骨格を決定づけている。

フク兄さん おお、なるほどのう。……弟よ、お前も飲め。ぐび、ぐび、ぐび、ぷふぁ~! ルソーのことなど、すっかり忘れたぞ。(まだ、忘れていないじゃないか)

わたし もうひとつあげるべきは、アダム・スミスへの影響だね。ヒュームは12歳若いスミスを弟のように愛したが、当時、倫理学者だったスミスは、ヒュームのシンパシー論を発展させて『道徳感情論』を書き上げている。この著作が『国富論』の前提ともなっているんだ。晩年には、まだ公表していなかった『自然宗教に関する対話』の刊行をスミスゆだねたが、スミスは実行しなかった。無神論者とか懐疑論者とレッテルを貼られると、どれほど学者として不利になるかを、先輩のヒュームという例で知っていたからだと思われる。それほど、無神論者とか懐疑論者のレッテルは、まだ効き目があったということだね。

フク兄さん ふむ、ふむ、……。

わたし ちょっと意外な影響としては、ショーペンハウアーが若いころ、ヒュームの『人性論』を読んでいるんだ。彼の厭世哲学では、世界は「表象」と「意志」からなっている。つまり、表象というのは象徴といってもいいけど、リアルなものではなく何か影絵のようなものだね。それと意志というのは欲望あるいは情念で、ショーペンハウアーは「盲目の意志」といっている。ヒュームの『人性論』第2部で論じた情念というのは、実は、突き詰めていくと理解不可能なものなんだね。あと、たとえば現代ではメルローポンティという……(あ、聞いてないな)。

フク兄さん ささ、もういいぞ。お前もこのご飯茶碗で飲め。(お、気が変わったのかな)

わたし おととと、……あれ、もうお酒がなくなっている。ひどいなあ~、フク兄さんがほとんど全部飲んでしまったんだ。何が「このご飯茶碗」だ。それこそフク兄さん、「裏切者」で「悪魔」だよ。僕だって楽しみにしていたのに。やれ、やれ……、ヒュームについて話題はつきないけれど、ここでいったん切ることにするね。

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