フク兄さんとの哲学対話(8)ヴォルテールとフォレスト・ガンプ

この哲学対話を続けるためにフク兄さんを訪ねると、意外なことにフク兄さんは体調が悪いとかで休んでいた。お見舞いしようと声をかけると、首だけ出して対話をやろうという。ちょっと迷ったが、ともかく話を始めてみた。例によって( )内はわたしの独白。

わたし 具合が悪いの? こちらに出てこれないかな。中止でもかまわないよ(ま、そのほうが、ぼくは楽だし)。

フク兄さん ケホ、ケホ……風邪にやられたのか、ちょっと寒気がしてな。ここにいると暖かいので、しばらく首だけだして話を進めるから、大丈夫じゃよ。え~と、今日のテーマは何だったかのう。

わたし 前回は近代の哲学に入ってしまったけど、ルネッサンス期の哲学者と宗教改革時代の神学者がまだなんだ。ややっこしいから、今日は……、そうだなあ、ちょっと変わった人物を取り上げたほうがいいな。18世紀のフランス人哲学者にヴォルテールという人がいて、これがちょっと変な人なんだ。

フク兄さん わしにとっては、これまで取り上げた哲学者は、みんな変な人じゃけどのう。ケホ、ケホ。

わたし 大丈夫? え~と、このヴォルテールという名前は、本名のフランソワ・マリー・アルエの文字をもじって作ったペンネームでね。イエズス会の学校で教育を受けたけど、子供のころから文才を発揮して、16歳のときにはもう本を出版している。

フク兄さん ま、10歳で神童、15歳で才子というから、そこまでは珍しくないのう。

わたし ところが、20歳をすぎたころから、フランス王国の政治批判や貴族のスキャンダル暴露を始めたので、たちまちバスティーユ監獄に放り込まれてしまった。監獄から出ると戯曲を書くんだけれど、これが大当たりで、また貴族の悪口を書いて30歳で監獄に逆戻り。

フク兄さん 20歳すぎたらお尋ね者になってしまったわけじゃな。ま、無理はない。頭がいい人間には、よくあることじゃて。ケホ、ケホ。

わたし 再び監獄から出ると、英国に渡ったんだが、こういうことができたのも、父親がかなりの金持ちブルジョアだったからといわれている。当時の英国はアイザック・ニュートンの自然哲学がもてはやされた時代だった。ヴォルテールはたちまち万有引力の法則を学んで、パリに帰ってからニュートンの紹介と英国の称賛を英語で書いたところ、すぐにフランス語の海賊版がでるほどのベストセラーになったんだ。

フク兄さん ふむ、ふむ。ところで、お前がもっているお酒の瓶を、ちょっと見せてくれんかな。できれば、ほんの少しだけ舐めて、元気を出したいのじゃよ。

わたし あ、これね。飲んでもいいけど、風邪をひいているんだから、ほんの少しだけだよ。

フク兄さん おお、「越乃寒梅」じゃないか。お、ととと、ぐびぐびぐび……、うまい! 名前とラベルは優雅だが、ある種の荒々しさがある。これはいい、ぐびぐびぐび……。

わたし あ、フク兄さん、もうそのくらいにしておかないと。

フク兄さん ぷふぁ~、いいぞ、いいぞ。あ、そうだ、そのヴォルテールさんはどうなったかな。

わたし あ、そのベストセラーになった本が代表作の『哲学書簡』なんだ。フランスなんかより英国のほうがよっぽどいい国だと書いてあるので、王族とか貴族は怒ったけど、庶民は面白がって読んだ。ニュートンの万有引力には、皆びっくりしたらしい。でも当時、普通のフランス人がちゃんと理解できたかは分からないよね。

フク兄さん それで、また監獄行きになったのかのう?

わたし それが、ヴォルテールの評判がよくなったこともあって、一時はヴェルサイユ宮廷にも出入りできたらしい。さらには急成長していたプロシャのフリードリヒ大王から招待されて、フランス風の建物を並べたサン・スーシー宮殿に住んだけれど、フリードリヒとは衝突が絶えず決裂。こんどはジュネーブに邸宅を買って、ここを拠点に言論活動を展開するんだ。この邸宅はフランス国境に接していたので、その後もフランスで逮捕されそうになると、邸宅に逃げ込んで監獄行きをまぬがれたといわれる。

フク兄さん 哲学者というよりは、気ままな物書きみたいな御仁じゃな。

わたし いわゆる啓蒙思想家のひとりで、ルソーなどと並び称されることがあるけど、むしろ、反体制ジャーナリストみたいな感じがするよね。「わたしはあなたには賛成できないが、あなたの発言の権利だけは命をかけて守る」という言葉が有名で、自由主義の先駆者とされることもある。激しくキリスト教会を批判したけれど、「神がいないと言うくらないなら、むしろタルムード(ユダヤ経典のひとつ)を信じるだろう」と言ったように無神論者ではないんだよね。シニックで「最初に美女を花にたとえた者は天才だが、2度目からはただのバカだ」なんて箴言もある。

フク兄さん 話を聞いているうちに、なんだか元気が出てきたのう。いいのう、いいのう。お酒も旨いのう。ほっほっほ。

わたし いちばんよく読まれたのは『カンディード』という小説なんだ。これには「ある楽天主義説」とサブタイトルがついているように、当時、注目されていたドイツのライプニッツが唱えた、予定調和的な哲学への批判だったといわれる。でも、この小説はそれ自体で面白い。ウェストファリアを治めている領主の甥だったカンディードは、すなおな性格ですくすくと育つんだけれど、領主の娘キュネゴンド姫にキスをしてしまってお城から追放され、それから戦乱の続くヨーロッパを放浪して歩く。従者はパングロスという予定調和説の信奉者で、何が起こっても「これはすべて神のお導き」「すべて神の御心のまま」みたいなことをいうんだ。

フク兄さん そういうやつは、よくいるのう。何が御心のままじゃ、ヒック!

わたし ちなみにカンディードというのは「イノセント(無垢)」という意味で、パングロスというのは「すべて舌」という意味らしい。で、カンディードはついには新大陸に渡って山中にあるエルドラドー(桃源郷)にまでいって、あらゆる辛苦と歓喜を味わって帰ってくる。最後は年取ったキュネゴンドを妻にして、昔住んでいた領地に住むことになるんだ。

フク兄さん おお、それはよくあることじゃが、それでよいのじゃよ(ん? 何いってんだ)。

わたし 領地は荒廃していて最初から耕作しなくちゃならなくなっているけれど、パングロスは相変わらず「すべてが神の御心で決まっていた」みたいなことをいう。そこでカンディードは静かに「わたしたちは、まず耕さなくてはなりません」と言うところで、物語は終わる。イノセントな青年が世界中を旅して、さまざまな体験をするというモチーフは、その後の文学やオペラに取り入れられていく。戦後にはこのモチーフは映画にも使われたんだ。たとえばヤコペッティの『ヤコペッティの大残酷』は原作の現代版。それから主人公の名前は違うけれどトム・ハンクス主演の『フォレスト・ガンプ』も明らかに強い影響を受けているね。

フク兄さん そうじゃ、そうじゃ。まず耕さねばならん。そのためには、まず、世界旅行に出かけよう。おお、風邪などどこかにいってしまったぞ。ほっほっほっほ。

わたし ええっ、何にも分かっていないんじゃないか。あれ、「越乃寒梅」が空になっている。自分だけで全部飲んでしまったんだ。ああ~、なんだか、どっと疲れが……。

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