フク兄さんとの哲学対話(21)ライプニッツは予定調和の宇宙を語った

世の中は新型コロナの第3波で落ち着かないが、フク兄さんから連絡があって、次の対話を試みたいとのことだった。前回の予告ではヒュームかカントになるわけだけど、両者とも超大物で影響力が大きかったのでちょっと緊張してしまう。そこで、今回は取り上げそこなっていたライプニッツについて、あえて簡単に語ることにして、いまフク兄さんが暮らしている不思議な住居に向かうことにした。例によって( )内はわたしの独白。

わたし こんにちは。フク兄さん、いるかな?(なんだか、だだっ広い屋敷なので、ちょっと気後れがするなあ)

フク兄さん おお、よく来たなあ。さあ、あがれ……。今日は、ライプツィッヒとかいう人の哲学だったなあ。(ライプニッツだよ……、お、ちゃんとお茶がでるんだ)

わたし ゴットフリート・ライプニッツという哲学者は、17世紀から18世紀にかけて活躍した、ドイツの哲学者なんだけど、哲学にとどまらず、法学、数学、自然科学、政治、神学、歴史、さらに錬金術と、すべてにわたって業績を残している。しかも、すべてが当時の最先端で超一流といった驚異的な能力をしめした人物なんだ。

フク兄さん そんなにすごい人なのか。しらんかっとってん。ほっほっほ。(ふ、ふるい、ふるすぎる)

わたし 本来は、スピノザの次くらいに話題にすべきだったけど、なんとなく気後れがしてね。というのも、著作があんまり多岐にわたっていて、いまも全体像が茫洋としている。ドイツでも全集の編纂がまだ終わってないほどなんだ。そのせいか、あんまり日本人の学生は好まない。しかも、彼の哲学は「予定調和の哲学」といわれて、神さまが人間といっしょに世界に調和をもたらすといったものだから、いまひとつ日本人にはしっくりこないんだよ。

フク兄さん ほう、とびきりの「何でも屋さん」なんじゃな。しかも、こんども根拠は神さまなのか。西洋の哲学者はみんな信心深いんじゃのう。

わたし ともかく、最初に彼の人生を話してしまうけれど、1646年、ライプツィッヒ大学の倫理学教授の息子として生まれた。例によって神童で、15歳のときには大学に入学するけれど、つぎつぎと大学を渡り歩いた。優秀な成績で学位を取ってのちも大学には属さないで、ヨーロッパを渡り歩くようになるんだ。制度に縛られるのが嫌だったのかもしれないね。そのなかで、ヨーロッパ中の学者と交流をもち、多くの分野で論争を繰り返した。とくに、ニュートンとの微積分をめぐっての優先権論争は、敵味方が交錯して罵り合う陰惨なものとなった。けっきょく、発見したのはニュートンが時期的に先だけど、その使い勝手はライプニッツの表記法がよく、いま使われている微積分の記号はライプニッツのものなんだ。

フク兄さん とはいっても、放浪して歩いて、どうやって生活するんじゃ?

わたし 行く先々で王侯や貴族の客として遇されるんだね。若くて聡明で弁舌さわやかだから、とくに、女性たちからは可愛がられた。それはずっと年をとってからもそうで、まあ、パトロンやパトロンヌをつぎつぎに見つけていったわけだよ。

フク兄さん なんだか旅回りの芸人のようじゃな、ほっほっほ。(ん? そういえば、そうだなあ)

わたし そういえないこともないけれど、注目したいのは当時のヨーロッパの情勢で、1648年に三十年戦争を終わらせたといわれるウェストファリア条約が結ばれているから、いよいよヨーロッパは政治的にも近代に移行していく時期だった。ちなみに、ウェストファリア条約というのは多くの停戦協定の総称のことで、ひとつの条約があったわけではないんだ。でも、戦争の傷跡は深くて、どの国も、混乱の時代からの再建に取り組まなくてはならなかった。

フク兄さん あ、なんとなくわかったぞ。ライプニック君はそういった国々で、いろんなアイディアを売り込んだわけじゃな。それで、重宝がられた。……あ、今日は、わしが酒を用意しておるぞ。ほっほっほ、……ほら、これじゃ。

わたし あ、島根県の銘酒「月山」。お、しめ鯖とマグロの漬けも出てきた。

フク兄さん さあ、さあ、注いでくれ。(また、ご飯茶碗か)………ぐび、ぐび、ぐび、ぐび、ぷふぁ~! これはうまい。やわらかで洗練された味わいじゃのう~。これなら、つまみのうまさを引き立ててくれる。お前もどうじゃ。(あ、今回はぐい飲みだ)

わたし おとととと、ぐび、ぐび、ぐび。たしかに透明感があるね。いいなあ。しめ鯖も旨い……で、ライプニッツの話を続けるけど、重宝がられたのはその通りだったが、ずぬけて聡明な人にありがちな悲哀もあった。実際の政治をつかさどっている王侯や貴族には煙ったがられた。その半面、知的会話を喜ぶ奥方たちには愛されたんだね。この話をするとページがいくらあっても足りないんで、彼の哲学に移るけれど、ライプニッツが最初にまとまった形で世界観を提示したのが『形而上学叙説』で、39歳のときの作品。でも、出版されたのは死後も死後、1840年になってからだった。

フク兄さん タイトルからして不愛想じゃが、その叙説でライプニッツ君は何といっておるんじゃ? ぐび、ぐび、ぐび……。(大丈夫かな、かなり早いペースだぞ)

わたし この世には「実体」というものがあって、それは魂といってよい無自覚的なものと、知恵が加わった精神があるといっている。

フク兄さん なんじゃ、それは? さっぱりわからん。ヒック

わたし 当時、実体論争というものが続いていて、世界を作り上げている根本的なものは、精神的なものか物質的なものかという議論が繰り返されていた。実は、この数回話してきたロックとかバークリーという人たちも、時代は若干下るけど、この論争に加わっているわけなんだ。ライプニッツは精神的なものと考えたけれど、それを、滅びることのない魂と、記憶や反省がともなう精神とにわけて、人間には両方備わっているが、動物は魂だけだと論じた。これは動物には魂がないと断じたデカルトへの反論だったといわれる。で、この人間に備わっている魂と精神は、すべて、中心となる「実体」である神から出ているものだとする点では、ちょっと、バークリーに似てないこともないね。

フク兄さん なんだ、結局、神さまから出ているわけか。やっぱり、わしが最初のころに言ったように、人間を支えているのは、哲学より宗教のほうが圧倒的なんじゃないのかのう。(う~ん、ま、それに近いことを、フク兄さんが口にした気はするけれど)

わたし こうした神の叡智は絶対的なもので、人間から見れば不合理的に思えても、神の叡智からすれば合理的であり、すべては「予定調和」へと向かっていると論じている。こうしたライプニッツの考え方は、実は、晩年になってもあまり変わらなかった。それが1714年に書き上げた『モナドロジー』だったんだね。2年後には亡くなってしまうので、これが彼の世界観だと考えて間違いがない。ライプニッツといえばモナド、モナドといえばライプニッツなので、この著作は大部なものと思っている人がいるけど、覚書のような短いもので、全部で90節からなっている。ここでいう「モナド」とは、かつて魂とか精神とか呼んでいた「実体」を言い換えたもので、動物にも「ふつうのモナド」はあるけれど知的活動はしない。それに対して人間には「ふつうのモナド」に加えて「理性的なモナド」が備わっている。

フク兄さん モナドロジーというと何か厳めしい響きがあるので、もっと、何かすごいことを言ったのかと思ったのじゃが、人間には魂と精神があるということか。

わたし まあ、そうかもしれないけれど、このモナドはもちろん神さまから出てきたもので、「ふつうのモナド」はそれぞれが独立しているから互いのコミュニケーションがない。そのことをライプニッツは「モナドには窓がない」と言っている。しかし、「理性的なモナド」には記憶や反省があるので、モナド同士のコミュニケーションは不可能ではない。ただし、神の介在が必要とされるけれどね。(この点については、多少、解釈の違いがあるけれど)そして、この精神的なモナドは、圧倒的な叡智をもつモナドである神が仕切って、数限りないモナドを導き調和のある「精神の王国」を作り上げていると述べている。

フク兄さん なんとも気宇壮大に見えて、なんとなく空しい気がするのう。無数のヒトダマを大きな火の玉が仕切って、ゆらゆら盛大にうごめいているような幻想が生まれるぞよ。今日はちょっと拍子抜けしてしまったので、お酒に身を任せる気にもなれんかった。(やっぱり、隙あらば居眠りする気だな)

わたし すでにヴォルテールの話をしたときに触れたけれど、こうした「予定調和」の哲学は、現実の悲惨さを正当化しているものだとヴォルテールは憤慨して、『カンディード』という小説で批判した。パングロスという僧侶に、なんでも予定調和でうまくいくと、馬鹿なことを言わせるというかたちで書いたんだけれど、このパングロスというのは「全部舌」という意味になる。つまり、ヴォルテールからすれば、ライプニッツは白々しい偽善者に見えたんだろうね。

フク兄さん ああ、疲れがどっと出てきたのう………

わたし しかし、見方を変えれば、ライプニッツの哲学は、悲惨な長い戦争の後に、この世界は予定調和に向かっているという明るい希望を与えて、肯定的で積極的な世界再建を促したともいえる。とくに、彼の数学による世界把握は、合理的で整合性のある未来を予見したといわれ、コンピューターが生みだす世界観の先駆だという人もいる。だからライプニッツはAIとかITの守護神なんだね。……あれ、フク兄さん、フク兄さん。……やっぱり、今日も寝てしまったか。

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