ロシアとウクライナの停戦交渉(5)いまのトランプ案では数年かかる可能性が高い

トランプ次期米大統領が、ウクライナへの支援を継続する条件として、NATO諸国の軍事費をGDP比で5%まで引き上げることを求めて衝撃を与えている。NATO諸国においてはウクライナ戦争についての温度差が大ききことが指摘されてきたが、それでもGDP比で3%までは引き上げようとの話し合いが行われている最中の爆弾発言だった。もうひとつの問題は、ウクライナをNATOに加盟させるか否かで、これもNATO内はバラバラなのである。

すでにこのニュースは世界中を駆け回ったが、ここでは改めて英経済紙フィナンシャル・タイムズの2つの記事から見なおしてみよう。まず、「トランプはNATOが防衛費を5%まで上げろと言ったと、欧州諸国は知らされた」という短い記事だが、概要はこれでほぼ把握できる。トランプ次期大統領は大統領選挙中、ウクライナへの援助を打ち切り、NATO諸国が防衛費を引き上げないかぎり、無防備なままに放置すると述べていた。しかし、さすがにそれでは混乱が大きくなると思いなおしたのか、欧州諸国との条件闘争を始めた。

「西側諸国がワシントンの支援なしでウクライナを防衛できる可能性について憂慮するなか、トランプは大統領に就任した後には、ウクライナへの軍事的支援を続ける意向を示していると、西側諸国の当局者から説明を受けた3人の高官が述べているという。同時にトランプは、NATOに対して、いまの防衛費GDP比2%の目標を2倍以上の5%にするように要求するとみられる。NATO32カ国のうち、この目標を達成しているのは23カ国のみである」

これはかなりの増額になるから、NATO諸国としては苦しい条件だが、実は、これもある関係者によると、3.5%くらいのところを落しどころとして、防衛費増額と抱き合わせでアメリカにとって有利な貿易条件の提案が出てくるということらしい。「ハーグで開かれたNATOの首脳会議では3%かそれ以上となっていた」と、別の西側高官が解説してくれているというから、これが本当ならば達成不可能ではない。まさに「ディール」は小数点以下で争われているようだ。ちなみにアメリカの防衛費は対GDP比で3.1%、ただしトランプ第一期政権では3.4%だった。

もうひとつ大きな問題は、ウクライナをNATOに加盟させるか否かである。トランプは依然として加盟させるべきでないとしており(これはヴァンス次期副大統領も繰り返し主張していた)、トランプと周辺はウクライナ停戦に持ち込んで後にも、ウクライナに武器を供給することで、ロシアを十分に牽制できると踏んでいて、いわば「力による平和」が可能だと考えているのである。

もちろん、ヨーロッパ諸国は防衛費においても、また、NATO加盟問題においても、当然のことながら分裂している。フィナンシャル・タイムズ12月20日付の「ウクライナはトランプとのゲームを見守っている」がレポートしているように、特に大きな見解の相違を見せているのがドイツとポーランドだ。水曜日に行われたNATOの会議では、ポーランド大統領アンドレツィ・デューダがヨーロッパにあるロシアの凍結資産2600億ユーロを使うように要求(これはトランプと英国が主張している)したのに対し、ドイツ首相のシュルツが「そんなことをしたら、われわれの金融市場にどれほどの影響が生まれるか、あなたはまったく分かっていない」と批判している。

ヨーロッパ諸国としては、トランプが大統領選に勝利して以降、彼が柔軟な姿勢を見せ始めているので一時の安堵を得たものの、ひとつひとつの問題について具体的に考える段階になると、自分たちの利害関係はまったくバラバラで、まさに新しい問題が次々と湧き出るような状態であることに気がつかざるを得ないのである。

そもそも、たとえウクライナとロシアが停戦に同意したとしても、その停戦を監視するには強力な軍隊が停戦ゾーンに常駐しなければならない。その候補となっているのがフランス軍を中心とする多国籍軍なのだが、フランス軍は本当に任務を果たせるほどの力をもっているのかも疑問視する専門家たちがいる。米外交誌フォーリン・ポリシー12月20日付には「ウクライナの停戦をヨーロッパの軍隊は維持できるのか」を読んでいると、ウクライナが本当にいま考えられているロシア占領地をあきらめるという条件を呑むかいなかも、確実な話ではないのである。

そしてまた、根本の根本だが、ロシアが果たしてトランプとその周囲が考えているような停戦に乗って来るのかも不明瞭である。米外交誌フォーリン・アフェアーズ12月12日付に載っている論文「いかにしてトランプはウクライナ戦争を終えることができるか」では、ロシアは同国民がすでに戦争に疲れはてていることになっているが、ウクライナ国民はそうであっても、ロシア国民は疲弊の度合いはかなり低いことが推測できる。プーチン大統領がトランプ政権案にのってくるには、占領地のロシア領土化やウクライナの非NATO化だけでなく、さらなる条件を付け加える可能性もある。

いずれにせよ、トランプが選挙用のプロパガンダ的プランから、かなり現実味のあるプランに移って来たのは歓迎すべきだが、ひとつひとつの条件をクリアして行くまでには、とても「24時間」では話合いのその序盤戦すらも終わらないだろう。何より不安なのは、積極的に停戦にもっていこうとする中心勢力が見えないことだ。これから始まる「ディール」は行き来しては相手の出方をうかがうような、何年もかかる長期的な取引になる可能性が高いことに、これから世界はじわじわと気づかされていくことになる。

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