ロシアとウクライナの停戦交渉(3)ゼレンスキーの「勝利計画」の危険な中身

トランプが再び大統領に当選することを見越して、ゼレンスキーは9月にアメリカを訪れたさいに、ウクライナ戦争の今後について「勝利計画」を提示した。ここにはトランプが停戦の調停をリードして、外交の勝利を世界に誇れるような案が盛り込まれていた。なぜバイデン大統領にできなかったことが、ウクライナを見捨てると予想されていたトランプにできるのか。その謎を解くにはそれほど難しい思考はいらない。

すでに、私のブログでも英経済誌ジ・エコノミストの記事を取り上げたが、ゼレンスキー政権は、実は、トランプ大統領の誕生を望んでいた。バイデン大統領は正義の実現を標榜して、ウクライナが負けないにしても勝てないような戦争をウクライナに要求するため、未来に何の希望も持てなかった。そこでゼレンスキー政権はトランプと「取引」することで、いまの状態から脱出することを考えるようになったと思われる。

同じ視点からの記事が英経済紙フィナンシャルタイムズにも登場した。同紙11月12日付の「お世辞、利益、平和:ウクライナはトランプに売り込みをかけた」は、さらにこの「売り込み(ピッチ)」について具体的に述べている。ピッチ・イベントといえばビジネスのプレゼンテーションのことだ。「ウクライナはトランプ政権に向けた勝利計画を練って、取引好きで知られるトランプが食いついてくるような提案をしている。たとえば、潜在的なビジネス取引、天然資源へのアクセス、ウクライナ軍の派遣などである」。

同紙によれば、この計画作成に携わった人の証言として、ゼレンスキーがトランプに提示した「勝利計画」には、2つのアイデアが盛り込まれたという。ひとつが「ウクライナ戦争が終結した後、ヨーロッパに駐留するアメリカ軍の一部をウクライナ軍が肩代わりする」こと。もうひとつが「ウクライナの貴重な天然資源をアメリカが共用できるようにする」ことだという。後者の案は米共和党トランプ派の上院議員リンゼイ・グラハムによるものだというが、グラハムは同紙の求めにもかかわらずコメントしていない。

さらに、ウクライナのビジネス界の大物たちは、トランプにウクライナでの新しいビジネスについて「投資審査」の権限を与えてもよいと考えているという。つまり、実質的にウクライナで誰がビジネスを展開できるかを、トランプに与えるというのである。この計画にかかわった人物によれば、これは「ABC;中国以外ならだれでも(エニボディ・バット・チャイナ)」であると説明し、トランプには喜ばれる案だと考えているという。

「たとえば、いまウクライナの通信は、中国の技術や製品に依存しているが、これらをアメリカの技術と製品に切り替え、より多くの西側からの投資を引き寄せることが狙いだという。このアイデアはまだ初期段階だが、ゼレンスキーに近い一部のビジネス界の有力者たちは、トランプにとってもよい案ではないかと考えている」

ようするに、ともかくビジネスも天然資源もアメリカを優先にして、さらにはその権限もトランプに渡すといえば、トランプはウクライナへの支援を急激に減らしたり、あるいは停止したりしないでくれるのではないかという、おどろくべき「勝利計画」なのである。ゼレンスキー周辺のビジネス界のリーダーというのは、なんのことはない、大小のいわゆるウクライナ・オルガルヒたちで、追い詰められたあげくに暴君トランプに媚びを売れば、バイデンのときよりオルガルヒは安泰だという話ではないのか。

しかし、たとえこの勝利計画に喜んでトランプがウクライナの援助を継続することにしても、もうひとりの暴君であるロシアのプーチンは停戦案に乗ってくるのだろうか。これまでトランプがプーチンに停戦を提案する場合、おそらくトランプはロシアが占領している部分はウクライナにあきらめさせて、そのいっぽうでウクライナをヨーロッパに押し付けるというのが腹案ではないかと推測されてきた(写真:ジ・エコノミストより)。

この点については、いまだにトランプは明確な方針を出していないが、プーチンのほうはバイデン時代よりロシアに有利な和平案が出てくるものと受け止めており、先週、和平案について協議をすることには乗り気であることを表明している。フィナンシャル紙によれば、モスクワ高等経済学院のドミトリー・トレーニン教授は「トランプがロシアにとってのウクライナ問題の根本原因を取り除くという考えに同意すれば、ロシアは対話に応じるだろう」と述べているという。

しかし、いまのウクライナにおける戦争については、ロシアが有利に立っており、ウクライナがまるで身売りをするようなプランをトランプに捧げたからといって、プーチンまでが相好を崩して喜ぶとは限らない。ここでもう一度根本に戻って考えてみよう。プーチンの主張はウクライナが西側に引き付けられることに脅威を感じ続け、結局、侵攻を決意したのである。したがって、戦闘状態を停止しても、西側がウクライナをNATOに入れると言えば、それだけでプーチンは協議から直ちに離脱するだろう。

そして西側もいまだにウクライナをNATOに入れることには躊躇が見られる。ウクライナは今の段階では「中立」と「独立」を得られるのがやっとでNATO加盟は難しい。しかし、ゼレンスキーはこの点は妥協できないのではないか。フィナンシャル紙によれば「ロシアの元高官は「プーチンはウクライナ国内だけでなく、NATOのあらゆる問題について議論したいはずだ」と述べているという。どうも、この重要な点が、報道においても十分に検討されていないような気がするのだが、どうだろうか。

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