ロシアとウクライナの停戦交渉(4)正確な両国の戦死者数から今後を考える
好ましいか否かはともかく、ウクライナでの戦争は終わりに近づいている。少なくともアメリカの支援は大きく後退するだろう。この戦争の悲惨さのひとつの指標が戦死者数だが、これまで何度も報道されながら、正式なものではないので、あくまで推計として、あるいはプロパガンダのひとつとして考えるほかなかった。ウクライナについては同盟国の報道機関の配慮もあって、むしろロシアのデータよりもバイアスがあるともいわれた。ここに紹介するのは英経済誌ジ・エコノミストによる推計だが、かなり根拠のあるものになっている。
まず、ロシア側の死者数だが、ウォールストリート・ジャーナルによる「匿名の西側情報当局者」によればロシア兵士はすでに20万人が戦死したとされているが、これは統計学的根拠が明示されていない。それに対して、ジ・エコノミスト誌11月24日付の「どれくらいのウクライナ兵士がなくなったのか?」によれば、データと推計の根拠が示され、まず、ロシア兵の戦死者数は2024年7月時点で10万6000人から14万人と推計され、それに対してウクライナ側は同誌によれば6万人から10万人とされている。
これまで戦死者はロシア60万人、ウクライナ30万人という数値も見られたが、おそらくジ・エコノミストの数値はかなりの確度をもったものだと思われる。ただし、ロシアの場合にはロシア以外の国籍の兵士の死者数が不明で、ウクライナの場合はとくに民間人の死者数が欠落している。戦場となったウクライナでは民間人の死者も多く、同誌によれば、推計には民間人の死者は含まれていないだけでなく、そのデータそのものが驚くほど少ないと指摘している。
同誌は今回、特にウクライナ側の数値について提示解説しているが、情報機関、国防当局、研究者、その他の公開情報から得た情報、および漏洩情報を収集したという。問題はいくつもあった。たとえば、それぞれのデータを独自に検証することは難しい。また、行方不明となって死亡したとされた兵士が記録されているとは限らない。それでも次のような暫定的結論をはじき出している。「これまでに6万~10万人のウクライナ兵士が死亡している。さらに、おそらく40万人が負傷して戦闘継続が不可能となっている。これらの数字には民間人の死者は含まれていないが、それでも何万人もの民間人が殺害されたと考えられている」。
こうした推計の根拠のひとつであるウェブサイトのUAlossesのデータによれば、2022年以降に少なくとも6万435人の兵士が死亡したとみられる。同サイトでは名前と年齢を記載しており、年齢層および男性人口の割合で死傷者数を計算することができたという。なお、このサイトは男性だけになっている。もちろん、最前線で戦う女性もいるが、大多数の戦闘員は男性であるという。
このサイトから、ウクライナの戦前人口のなかの戦闘人口(18歳~49歳)の0.5%以上が死亡したことが分かる。ウクライナ統計局のデータでは、細目について出ていないので、兵士全員の年齢は判明していない。したがって、戦争で死亡した男性の割合は実際にはもっと高いと思われるという。また、戦闘が続けられないほどの重症を負った兵士の割合はもっと高いと思われるという。戦闘で死亡した数と重症を負った数の比率は1対6~8と推計され、この仮定で計算すると戦闘年齢の男性20人に1人が死亡もしくは戦闘継続不可能な重症を負っていることになるという。
こうした数値を見て、かつての第二次世界大戦での戦死者などに比べれば、それほどのことはないと思った人もいるかもしれない。とくに、日本やドイツ、ソ連などの死者数を思い出せば、そうした感想をもっても無理ない。しかし、同誌はウクライナとロシアの両国とも、人口比での戦死者割合は、「アメリカのベトナム戦争や朝鮮戦争を上回り、第二次世界大戦に近づきつつある。ロシアは2022年以降にウクライナで被った損失は、外国人戦闘員を除外しても、すでに1945年以降の戦争で生じた死傷者数の合計をはるかに超えている」と指摘している。
ウクライナ戦争が開始されて間もないころ、日本の内外でウクライナは死傷者を出すより降伏したほうが死者は少なくなるという説がとなえられ、それに対してはチェチェンでのロシア軍の虐殺を考えればとんでもない話だという反論があった。こうした批判ももっともで、停戦だけさせて西側がその後は介入しなければ、報復による死者数は急増するだろう。いまの停戦案や休戦説はもちろん、他国とくに西側勢力による監視を含むものであって、ロシアにしたい放題をやらせるという案ではない。
しかし、その監視者が誰になるかという問題を考えれば、いまやアメリカのトランプ次期政権は大きな不安を感じさせる。ゼレンスキー大統領が、トランプに国内の諸権利の売り渡しのような「勝利計画」なるものを提示しているのも(下のリンクを参照)、その不安を払拭することができないからだ。そのいっぽうで「すでに3年の戦闘をへて前線の士気は低下し、ウクライナとロシアの国民の中には戦闘の終結を望む者が多くなっている。特にこれからのことを考えれば、停戦が唯一の道かもしれないと認めるウクライナ人は増えている」。
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