内海陽子《助演女優賞選評 伊東 蒼》自分自身のあるべき姿を追求する精緻な女優

2026年2月1日、横浜市の関内ホールで《第47回 ヨコハマ映画祭》が開催され、2025年度日本映画各賞を発表するとともに表彰式が行われました。「コモドンの空飛ぶ書斎」で映画・ビデオを担当していただいている内海陽子さんも、助演女優賞を受賞した伊東蒼さんへの選評を授賞式プログラムに寄せておられます。掲載いたしましたので、ぜひお読みください。当日の授賞式の光景も合わせて掲載いたしますのでご覧ください。(サン・イースト企画)

かぼそい伊東蒼は、いつもカメラの前でこわばっているような表情をする。それが観る者の心にせつないサスペンスを生む。何かしてあげたいけれど、スクリーンのこちら側にいる者には何もできない。やきもきして、いつのまにか彼女の虜になっている。

 伊東蒼が気になり始めたのは『ギャングース』(2018・入江悠監督)からだ。役柄は、あぶなっかしい少年犯罪者3人に拾われる少女・ヒカリで、いままさに親の虐待から逃れて来たと言わんばかり。ヒカリは少年たちのもとで息を吹き返し、彼らの犯罪の傍らにそっと寄り添うようになる。場違いながら、可憐なマスコットガール。仕事がうまく行って上機嫌な3人のそばで、牛丼をほおばるヒカリから目が離せなくなり、ゆっくり食べるんだよと余計な言葉をかけたくなる。悪事を働く者の心を浄化するような存在だ。

 いくらか成長した伊東蒼が『さがす』(2021・片山慎三監督)で演じたのは、自殺幇助という犯罪に手を染めてゆく男(佐藤二朗)の娘・楓だ。父に見捨てられたのも同然の楓に、やさしい声をかける保護施設のシスターは、楓に唾を吐きかけられて唖然とする。わたし自身が唾を吐きかけられたようで、楓の精神的成長に敬意を覚える。やがて楓は父を追い詰める行為を選ぶことになるが、その演技は、それまで演じた役柄から大きく飛躍するというより、演じた役柄ひとつひとつを丁寧に咀嚼した先に置かれたもののように思える。伊東蒼は、自分自身のあるべき姿を追求する精緻な女優なのである。

 そして『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』(大久明子監督)の“さっちゃん”へと繋がる。この映画を観る誰もが心を奪われるに違いない濃密な告白シーンもさることながら、そこに至る前のシーン、風呂屋の掃除バイト中のさっちゃんの見過ごしてしまいそうなしぐさが重要だ。恋する相手がご飯をご馳走すると言い、「二人で会ったことないな、照れるな」と気楽に続けると、さっちゃんは裸足の指先をキュッと縮めて、そっと歓ぶ。それだけで恋する娘心の高まりと恥じらいが伝わり、なんともいえない悲恋の香りも漂い出す。

 伊東蒼が演じるさっちゃんは主人公二人を縛ってしまう。主演の二人の演技そのものを縛ってしまう。主人公二人は、さっちゃんの呪縛を解くことも、呪縛から逃れることもできない。二人の未来はたぶん宙に浮いたままになる。さっちゃんの不在の怖ろしさに凍りつくいっぽうで、わたしはひそかに快哉を叫ぶのである。(内海陽子)

 

『第47回ヨコハマ映画祭』各賞
作品賞:『国宝』
監督賞:李相日『国宝』↓

新人監督賞:団塚唯我『見はらし世代』
脚本賞:奥寺佐渡子『国宝』↓


撮影賞:月永雄太『旅と日々』『夏の砂の上』『海辺へ行く道』
主演女優賞↓:広瀬すず『遠い山なみの光』『ゆきてかへらぬ』


主演男優賞:吉沢亮『国宝』↓

横浜流星『正体』

助演女優賞:河合優実『旅と日々』『敵』『悪い夏』『ルノワール』
伊東蒼:↓『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』


助演男優賞:田中泯『国宝』↓


最優秀新人賞:黒崎煌代『見はらし世代』『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』、高田万作『旅と日々』『もういちどみつめる』、林裕太『愚か者の身分』『君の顔では泣けない』
審査員特別賞:四代目 中村鴈治郎『国宝』
特別大賞:種田陽平『国宝』

授賞式後のレセプションで。左から李相日監督、お祝いに駆け付けた平山秀幸監督、脚本家・奥寺佐渡子さん

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