当サイトで映画・ビデオを担当している映画評論家・内海陽子の最近の投稿をご紹介します。これから公開される作品だけでなく、過去に上映された作品も多くありますが、見どころを鋭く論じる映画評です。これからの鑑賞のために、また、DVDで楽しむさいにもお役立てください。それぞれの青太文字の部分をクリックしてください(サン・イースト企画)
最近の映画評から
『高野豆腐店の春』は男心のサスペンス;藤竜也は女たちを輝かせる 父と娘だけで経営している地方都市の豆腐店。娘の春に結婚話が持ち上がっているのだが、父親は相手の男を見ていまひとつ乗り気ではない。それはよく話だが、しかし、藤竜也にも「春」が訪れていた。娘を演じた麻生久美子も好演しているが、やはり藤竜也の演技は素晴らしいと内海さんは述べています。「意志ある女性を愛で、見守る守護天使のような役どころは、いまや藤竜也の重要な仕事のひとつになった」。
父と息子の対決を包み込むあたたかい風;『ふたりのマエストロ』の颯爽とした女たち 親子ともに指揮者だが、最近は息子が注目されている。ところが、ミラノ「スカラ座」の音楽監督就任の打診が来たのは父親のほうだった。実は、これは間違いだったのだが、父と子との葛藤はますます深くなっていく。この映画の主人公はもちろん指揮者親子ですが、内海さんはこの二人をとりまく女たちに目を向けると、もっと楽しく鑑賞できると指摘しています。
『釜石ラーメン物語』はチャーミングでハッピー;闘い続ける姉妹が発散する活力 さっぱり売れなくなったラーメン屋に、突然、家出していた姉が帰ってきて「店をたたもう」と言い出したので、妹との諍いが始まり、店主である父親は倒れてしまいます。しかし、ラーメン店ランキングのユーチューバーが、取材させてくれといったのをきっかけに一時休戦。ふたりでその挑戦に備えるのですが、その成果はいかに。
「ちきゅう」はどこまでも繋がっている;『せかいのおきく』にある強い向日性 浪人の父親と長屋で暮らしている「おきく」は、あるとき長屋の厠から汚わいをくみ取る仕事をしている若者2人と知り合います。そのうちの一人はおきくとひかれあうようになり、もう一人の若者も実はおきくが好きなようですが、身分の違いを意識して3人に進展は見られません。しかし、恨みを持つ武士から父親が殺害され、おきくも喉をきられて言葉を失ったことがきっかけになり、しだいに物語は動き始めます。
『テノール! 人生はハーモニー』の愛と哀しみ;思う相手に心が届く瞬間 アントワーヌは「ラッパー」だが経理の勉強をしながら、寿司の出前のアルバイトをしている。ある日、オペラの練習をしているオペラ座に出前をしたところ、練習中の若者たちからかわれたのに腹を立て、仕返しのつもりでオペラ風に朗々と歌ってみせた。その迫力にオペラ教師のマリーが目を輝かせる。このときをきっかけに、アントワーヌはオペラの練習に励むが、それはまた新しい試練と愛の始まりでもあった。
手ごたえのある人生を勝ち取る;『ウィ・チェフ!』の深い味わい 高級レストランの副料理長を務めていたカティ・マリーは、彼女の料理に勝手に手を加えたことに腹を立ててレストランを辞めてしまうが、次の職がなく、たどりついたのは就労支援施設の食堂だった。一時は落ち込むが、持ち前の負けん気で施設の移民たちに料理を教え、多くの協力を得てカティの創作料理を作るようになる。ドラマが展開するなか、しだいにカティの生い立ちも明らかになって、彼女の頑張りも納得がいく。
後悔を乗り越えるための戦い;リーアム・ニーソン『MEMORY メモリー』の憂愁とりりしさ アルツハンマーになって記憶も定かでなくなっている殺し屋が、最期を迎えるまえに許せない奴らを始末しようと大活躍します。この戦いのなかでニーソンが過去への悔恨もつ老人と、凛々しく戦う男の両面を演じきっています。戦いのなかで「盟友」となっていくガイア・ピアース演じるFBI捜査官との「友情」の渋さも味わってください。
『Winny』は人生のドラマ;東出昌大という俳優の復活をみる Winnyというソフトを開発した人物をモデルにした作品で、主人公は先端の技術を発明したために逮捕され、裁判で戦うことになります。この作品の主人公を演じた東出は、この人物をリスペクトしつつ力のこもった演技をするなかで、役者としての「復活」を果たしたと内海さんは評しています。ハイテクのドラマと人物のドラマに、さらに俳優のドラマが重層的に展開しファンを魅了します。
永遠性を獲得した異形の少女;『エスター ファースト・キル』が暴く家族の凶器 2009年の第1作『エスター』は行儀のよい少女がしだいに残虐な性格をあらわにしていく恐怖を描いて衝撃を与えました。第2作の本作品はいかにしてエスターが「出来上がっていったのか」の物語ともいえます。その背景にはエスターの家族の秘密が隠されていました。第1作のとき10歳にして実年齢33歳の怪物を演じたイザベル・ファーマンは、今回、25歳にして同じ役柄に挑戦しています。
悩んで悩んで悩みぬく竹野内豊と黒木華;『イチケイのカラス』は上質なエンターテインメント お堅い「社会派ドラマになるところを、のびのびとエンターテインメントに抑え込むところに、作り手の野心を感じる」と内海さんは述べています。豪華キャストに加えて、十分に楽しんでもらいながら、さらに深く考える視点も盛り込んでおくという「野心」がある作品だというわけです。
弱虫だから輝く『雑魚どもよ、大志を抱け!』;内海陽子が足立紳監督の魅力と「誕生秘話」を語る いま『ブギウギ』で注目されている足立監督には、子供のころのほほえましい「秘話」が多くあります。内海陽子さんが少年たちを描いた足立作品について論じ、足立監督の少年時代の一側面をあかします。「たくさんの読者投稿を読みましたが、いまも脳裏に焼き付いています」。すでにお読みの方も、もう一度お読みください。多くの発見があるはずです。
近づく旅立ちの日;『いつかの君にもわかること』の手応え 余命宣告を受けた窓拭き清掃人のジョンが気がかりなのは、まだ四つの息子のことです。そこで里親を見つけようとするのですが、いくつもの希望者に会ってみると心配は募るばかりです。なかなか決心できないまま、ジョンの余命がつきる日が近づきます。「見過ごしてしまいそうな小さな事柄に生きる指針になる宝が潜んでいる」。
世界は美しさに満ちている;カンバーバッチの『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』 英国の個性的俳優カンバーバッチが、個性的イラストレーターで画家として歴史に名を遺すのルイス・ウェインに挑戦した作品です。ウェインは妻が亡くなってからも妻を愛しつづけ、「世界は美しい、あなたが教えてくれた」という妻の言葉を反芻しながら猫たちと暮らし、猫たちを書き続けるのでした。
阿部サダヲの『アイ・アム まきもと』は暖かい;死を通じて人と繋がる静かな高揚感 不思議な雰囲気をただよわせながら、観衆を感動にさそう阿部サダヲが、この作品では田舎の町の「おみおくり係」を演じています。「日本人の持つ死に対する情緒だけでなく、死が人と人とを結びつける過程を、ひとつの成熟として描きたかったのではないだろうか。それは見事な成果を上げている」。
生きる上で幸福は花火のよう;『夜、鳥たちが啼く』の晴れやかな世界への出発 若いころに文学賞を受賞したのに、その後、不本意な状況にある主人公。あるとき、母屋を息子がいるシングルマザーに貸して自分はプレハブに住むようになったことから、3人の暮らしが始まります。内海さんはこの3人が一緒に行く花火見物のシーンを称賛しています。ぜひ、ご覧ください。
男がひとりで食べるフルーツパフェの味;『窓辺にて』の嫉妬とおかしみ 男から嫉妬というものをとってしまったらどうなるか。この作品はある意味でこうした実験的な試みといえます。フリーライターの市川を演じる稲垣吾郎さんが、なかなかいい感じで「嫉妬のなくなった男」を演じています。「それこそ彼は本当にSFのような世界に生きているのかもしれない。ただし、それが不幸であるとは限らない」。
正念場を迎えた4つのカップル;『もっと超越した所へ。』のいい加減で深刻な情熱 内海さんによれば、これは「今様『夫婦善哉』4態とでもいうべきもの」で、グズに見える男たちがしっかり者の女をかぎ当てる物語だそうです。哲学的なタイトルがついていますが、もちろん哲学的になり切れない男女の、ちょっと変わったラブコメディと思って観ていただければ、なかなか深淵な展開が待っています。
『ドライビング・バニー』は振り返らない;アンチヒーローの正義 自動車のフロントガラスを掃除して小銭を稼いでいるバニーは、もう若くはないのに相変わらず揉め事ばかり起こしている。それなのに憎めない人柄で、人びとをまとめ上げる力があり、観客をも引き付けてしまう。このバニーを演じるエシー・ディヴィスは、日本ではあまり知られていないが、英語圏では名女優に数えられています。ぜひ、彼女の演技に注目してください。
永野芽郁のバンカラ女子がいい;『マイ・ブロークン・マリコ』の確かなてごたえ 中小企業の営業に勤めているシイノトモヨは、ある日突然友達の死を知る。それからのシイノの行動は意外につぐ意外なものだった。「シイノの姿をずっと見ていたいと思うほど愛おしい」(9月30日公開)
料理が結ぶ恋愛関係;『デリシュ!』で楽しむ幸福の味 革命前夜のフランスで、貴族のためではない一般の民衆のための料理を作り出した男女の物語。この作品では、「新しい食事の形式=レストランを生み出すことになる」出来事が、「レストランにやってきて、料理という民族舞踏を楽しむ人びとを祝福しながら」、まるで音楽のようにリズミカルに華やかに描かれています。
「イエス」で答えて「アンド」で繋げる未来;『もうひとつのことば』の初々しい二人 「ワンコイン英会話カフェ」で知り合った男女のささやかな物語。コロナ禍のさなかに生まれた複雑な恋愛を、さわやかに描いている。内海さんは「続編を期待したい」とコメントしています。
人生における美しい瞬間;『セイント・フランス』の小さな体験 「ナニー」として子育てを手伝うことになった34歳の女性ブリジットと、6歳のやんちゃな女の子フランシスの物語。複雑な家族関係のなかでフランシスはなかなかなついてくれないが、やがて感動的な瞬間に出会うことになる。
あの世への優雅なダンス;『スワンソング』の心地よい風に吹かれて 陰気な療養施設で暮らすパットは、かつては有名なヘアドレッサーだった。うつうつとした毎日だが、ある日、かつての親友が亡くなり死に化粧の依頼を受ける。施設を脱出して、回想と新しい挑戦の旅が始まる。「主演のウド・キアーは、絶妙の身ごなしと手さばき、流し目で観客をとりこにする」。
鳥肌が立つほどの軽やかさと上品さ;中井貴一の『大河への道』は裏切らない 市役所の観光課が、日本の地図を最初につくった伊能忠敬の物語を「NHK大河ドラマ」にしてもらおうとするが、さんざん苦労したあげく忠孝は自分では地図を完成させていないことが判明する。それで市役所の課長さん(北川景子)と主任(中井貴一)はどうするか。「軽やか」で「上品」なドラマに仕上がっています。
奇妙な悲しみをたたえる阿部サダヲが怖い;『死刑にいたる病』が残す余韻 24件の殺人事件の容疑者になり、9人で立件された榛村大和からの依頼で、9件のうち1件の無罪を証明するために動き回る大学生の筧井だったが……。他人を自分の楽しみのために存在すると考えている本物の悪人を「阿部サダヲはいっさい汗をかくことなく、奇妙な悲しみをたたえて表現してみごとである」。
生きることはミステリアス;小林聡美の『ツユクサ』がもつ苦味とおかしみ 繊維工場に勤める芙美(小林聡美)と世捨て人のような吾郎(松重豊)は、ツユクサが縁でひかれあうようになる。しかし、二人には重い過去があった。「淡々とした口当たりのいい映画のように見せかけて、じつは登場人物の癒えない傷口からは何度も血が噴き出ている」。
田中圭の『女子校生に殺されたい!』;目当ての少女を見つけ出せ! 臨床心理士を目指していた男が、不思議な力をもっている少女に出会い、その少女に恋焦がれるようになる。ここまではそこそこあり得る話だが、この映画の主人公は、その少女に殺されることを願うようになり、その少女が女子校生になるのを待って、高校教師として現れる。そして………。
隠し味が効いている『ゴヤの名画と優しい泥棒』;実話の映画化はやっぱり喜劇が最高! ゴヤの名画が盗まれて世間は大騒ぎに。その絵が自宅の納戸にあったら? 英国で実際に起こった事件を喜劇で映画化したこの作品は、すみずみまで仕掛けがあってとても楽しい。「愚直な愛すべき人間が、ときにユーモアを交えて闘う、その様子を優しく見守る姿勢が貫かれている」。
肩の凝らない、いいセーター;今泉力哉監督の『猫は逃げた』は恋のトラブルの高みの見物 離婚寸前の夫婦。ところが、カンタという名の猫が失踪します。何も考えていないはずのカンタが絶妙の狂言回しを演じて、いつの間にか夫婦はもとのさやに。恋のもめごとの高みの見物の醍醐味が味わえます。
臨床心理士が逆に心を解読される恐怖;『カウンセラー』がみせる短編映画の切れ味 臨床心理士の倉田真美が、翌日から出産休暇をとる前日に訪れた吉高アケミの話を聞いているうちに、それは自分のことではないかと思えてきて恐怖のどん底に陥れられる。「すぐれた短編は冗漫な長編を軽々と凌ぐ」と内海さんも絶賛です。
胸がすく女殺し屋の戦闘シーン;『ガンパウダー・ミルクシェイク』から目を離すな! 「このアクション映画は、血湧き肉躍る快感と、情感、無常観がほどよくブレンドされていて、独特の切れ味がある」を内海さんも太鼓判を押すヒロイン・アクションです。名アクション女優のミシュエル・ヨーの身のこなしもおすすめです。
体全体で感じる音楽の喜び;『CODA あいのうた』 漁民の家族のなかで耳が聞こえるのはルビーだけ。漁をするときにも付き添って「通訳」を務めてきました。しかし、彼女にも音楽学校に入るチャンスがおとずれ、別離のときが近づいてきました。当然、生まれる家族との葛藤。ルビーの背中を押してくれたのは、ほかでもない……。
AIを超える人間の誠意;『ブラックボックス 音声分析捜査』 天才的な音声分析捜査官マチューは、航空機事故のブラックボックス(タイムレコーダ)を分析して、イスラム過激派の犯行だと断じます。ところが、さらに分析を進めると、実は、事件には別の真相が隠されていることが分かります。苦悩の末にマチューが選択したのは分析官としての使命感でした。
小さな人間にも偉大なことはできる;妻の仇討ち物語『ライダーズ・オブ・ジャスティス』 事故だと思っていた妻の死が、実はテロだと知ったとき、仲間とともに復讐に立ち上がる。デンマークの名優マッツ・ミケルセンの、猪突猛進的なバイオレンス・アクションが素晴らしい。その果てに、思いもかけぬ素晴らしい奇跡が待っています。
前進する者への確かなエール:リーアム・ニーソンの『マークスマン』 海兵隊の名射撃手だった男が、偶然に知り合ったメキシコ人の少年を、命をはって守りながら旅することになります。スリリングな戦いを繰り広げるなかで、少年の兄貴であり父親のような感情が生まれていきます。これはニーソンの『グロリア』であり『レオン』といえる作品です。
生き生きとした幸福のヒント;加賀まりこが母を演じる『梅切らぬバカ』 54年ぶりに主役を演じた加賀まりこさんの役は、自閉症の子供をもつ占師です。いまや塚地武雅さんが演じる息子が自分ひとりで生きていかなくてはならない時期にさしかかっています。それは周囲のひとたちとの交流のなかで、母親が幸福とは何かをしみじみと感じるときでもありました。
おどおどしつつも男の意気地が光る!;中谷美紀と田中圭の『総理の夫』 夫がバードウォッチングから帰ると、妻は内閣総理大臣になっていた。こんな信じられないような話から始まりますが、しだいにこの奇妙な夫婦の成り立ちが分かってくるとともに、総理大臣が妊娠したことが分かり、大きな騒動になります。
二人はともに優しい女房のよう;西島秀俊と内野聖陽の『劇場版 きのう何食べた?』 テレビで大好評だった西島と内野のカップルの物語が映画になりました。今回はふたりで京都にでかけたり、お互いの家族との問題がテーマになっていますが、新しい恋人と思われる相手が登場してヒヤリとする話もあります。
早すぎる時間の中での成長;『オールド』にみるシャラマン監督の新境地 リゾート地の砂浜に出かけたところ、家族が急激に年を取り始めた。この不思議な現象のなかで起こるかずかずの驚くべき事件。『シックスセンス』や『アンブレイカブル』などでファンを驚かしてきたシャマラン監督が、人間と時間との不思議な関係に挑戦しています。
底なし沼に足を踏み入れたヒロイン;『アンテベラム』の終わらない感情 アメリカ南部のプランテーションで働かされているエデンが目を覚ますと、有名な小説家でオピニオン・リーダーのセレブになっていた。歴史に潜在し続ける差別の深さを、大胆な構成で追求した作品です。
ジェイソン・ステイサムの暗く鈍い輝き;『キャッシュトラック』の「悪役」が魅せる 熱狂的なファンがいるジェイソン・ステイサムが、じっくりと魅力を発揮しています。ある警備会社の新入社員が、いきなり大手柄をたてててしまう。この男は、いったい何者? その謎ときがちょっと秘密めいた物語とともに同時進行していきます。
ムロツヨシの「愚直」な演技力;『マイ・ダディ』の聖なる滑稽さ 変な男を演じさせれば天下一品のムロツヨシが、シリアスな主役に挑戦しています。とはいえ、ムロツヨシの演じるシリアスさからは、独特のアイロニーがただよいます。「奇妙なもの、まっとうでないもの、はぐれてしまったもの、そういう存在を演じることのできる役者」の素晴らしい演技です。
未来についての勇気の物語;『愛のくだらない』の藤原麻希がみせる推進力 内海さんはこの作品の主演女優・藤原麻希さんがもっている不思議な「推進力」に注目。さらに、野本梢監督の「深謀遠慮」に注目するよう勧めています。もちろん、注意力を発揮しなくても、作品には独特の力があるので、自然に気づかざるをえないとも語っています。
漫画家夫婦の不倫ゲームを楽しむ;黒木華と柄本佑の『先生、私の隣に座っていただけませんか?』自分が不倫をしているというのに、妻に不倫の疑いがもちあがるや、とたんに落ち着かなくなりみっともない嫉妬の行動をとる。こうした「不倫ゲーム」を黒木華と柄本佑が演じるというだけでも、一見の価値あり。2人の微妙な演技をたのしんでください。
「君は世界を守れ、俺は君を守る」;初々しい『少年の君』のチョウ・ドンユイ 名門大学をめざす秀才の女高生と、チンピラの少年との出会い。ふたりを恋におちいらせたのは何だったのか。「二人を取り巻く状況は厳しさを増すが、すべては二人を結びつける強い絆になる」。かつて恋したことのある人は生き生きと昔を思い出し、いま恋をしている人には溢れるようなシンパシーを感じる、もうひとつの『泥だらけの純情』といえると内海さんは語っています。
王道を行く人情コメディ;やっぱり笑える『明日に向かって笑え!』 預金封鎖で混乱するアルゼンチンが舞台の銀行強盗、正確には「資産奪還」のストーリーです。ボレンズテイン監督は「これはコメディにしなかった」といっているそうですが、これがコメディじゃなけりゃ、いったい何をコメディというのか。老境を迎えたうらぶれた男たちが、いま果敢にも資産奪還に向かいます。
恋ゆえに渡る危ない橋『ファイナル・プラン』;リーアム・ニーソンからの「夢のギフト」 一匹狼の銀行強盗が恋におちいってしまったゆえの大騒動。これを機会に悪事から足を洗おうとするが、そうは問屋はおろしてくれないのは、予想がつきますが、意外な展開があって話は面白くなります。リベンジ・アクションでならしたリーアム・ニーソンからの素晴らしいプレゼントだと、内海さんはおっしゃっています。
異様な細部がすばらしい『ベルヴィル・ランデブー』;おばあちゃんの闘争は続く! フランス・アニメの傑作ですが、初めてご覧になったかたは、ちょっとショックを受けるかもしれません。そのディテールへのこだわりや人間へのシニックな視線。しかし、やがて独特の世界に巻き込まれて、もう一度観たくなる作品です。「強烈な懐かしさとリズム感に包まれており、それぞれの人や物の歴史が猛烈なうなり声をあげている」。
役所広司の醸し出す「歴史」;『峠 最後のサムライ』のぬくもり 歴史映画と聞くと重苦しい物語を連想する人もいるでしょうが、この作品は主人公の河井継之助という人間を描き出すことに賭けています。内海さんは「ひとえに役所広司の醸し出すぬくもりが、この映画全体を支えている」とすら断言しています。もちろん、歴史好きな人にもひとつの解釈として、この時代を楽しんでいただけるはずです。
「打倒! まとも」が新しい世界を運んでくる;『まともじゃないのは君も一緒』の成田凌を深読みする この映画のなかで「まとも」というのは、「マニュアル通りと言い換えることができる」と内海さんは言っています。自分としっかり向き合いながら、高をくくらず、勇気をもって楽しく進むというのが、この映画なのだともおっしゃっています。ということは、ずいぶんと「まとも」ということになりますが、まずは内海さんの映画評を読んでください。
生きていると否応なく生じる隙間;『街の上で』若葉竜也の「素朴」さに注目! コロナ禍のため公開が延期されていましたが、4月9日より順次公開です。「今泉力哉一流の、男と女の❝心ころがし❞の腕がさえわたる」。と同時に、「素人さんの素朴な崇拝のまなざし、というのを若葉竜也はまことに感じよく演じる」。今泉ファンにとって待ちに待った作品であると同時に、自分の生き方を振り返ってみるきっかけにもなります。
最高の「嘘っぱち!」物語;『騙し絵の牙』の大泉洋は期待通りの全開 大泉洋が演じる主人公が、出版社を舞台にした物語のなかを、すいすい泳ぎ回る楽しいエンターテインメントです。ただし、この楽しさは、吉田大八監督の熟練の技があってこその仕上がりといえます。ひとりひとりの俳優のキャラクターを生かす、監督の気配りが随所に感じられる、見所の多い風格ある作品です。
感情を操ることのできる演技者・水川あさみ;ヨコハマ映画祭・主演女優賞受賞によせて 第41回ヨコハマ映画祭で、水川さんが主演女優賞を受賞しました。対象作は『喜劇 愛妻物語』と『滑走路』でした。水川さんはキネマ旬報ベストテンでも主演女優賞を受賞しています。「水川あさみは、演技者として、おのれの感情を自在に操ることのできる境地に至った」と内海陽子は称賛しています。『喜劇 愛妻物語』については、このページの紹介をクリックしてください。
娑婆は我慢の連続、でも空は広い;西川美和監督の『すばらしき世界』は温かく冷たい 殺人の罪で10数年入っていた刑務所から、刑期を終えて出てきた男が「まっとう」な生き方をしようとしたとき、何が起こるのか。元殺人犯の三上(役所広司)と、彼を取材して「ドキュメンタリー」にしようとする津野田(仲野大賀)および吉澤(長澤まさみ)のいずれが「まっとう」なのか。私たちはしだいに、「筋の通った」生き方をする三上を応援してしまう自分を見出していくのです。
小粋な女性のサッカー・チーム;『クイーンズ・オブ・フィールド』で愉快になれる 北フランスの町のサッカー・チームが乱闘騒ぎで全員出場停止になったとき、救いの手を差し伸べたのは主婦たちでした。とはいえ、ほとんどが素人の女性たち。そこで始まる大騒動ですが、悲壮感はまるでなしで、みんなが困難を楽しんでいるように思えるほど。なかなか粋なサッカー・チーム再建物語です。
内海陽子「誇り高き者の確執、愛憎」;佐野亨編『リドリー・スコット』に寄稿しました ともかく楽しませてくれるリドリー・スコット監督の作品のなかに、潜んでいる創作の核を鋭く論じています。このサイトではそのほんの一部を紹介しています。まず、読んでいただいて、それからムックを手に取ってみてください。
弱い人間への労りのまなざし;波瑠の『ホテルローヤル』 釧路の湿原にあるラブホテルの一人娘・雅代を波瑠が演じています。ホテルの客たちがみせる奇妙で寂しい人生の縮図を目撃した雅代の「わびしくてやさしい」物言いが好ましい。父親役の安田顕と従業員を演じる余貴美子の「丁寧な演技」が光っています。
老いてにぎやかな人生;田中裕子の『おらおらでひとりいぐも』 寂しさが忍び寄る孤独な老後。しかし、田中裕子が演じる主人公の老後は、なかなか華やかです。寂しさゆえに登場する「分身」たちがにぎやかにしてくれる。「老いるということは閉じることではない。生命のある限り、きっと人はやむを得ず進んでいく」。
挑戦をやめない家族;『ヒトラーに盗られたうさぎ』 ヒトラーが政権をとったことによって、ベルリンを逃れて亡命を繰り返す家族の物語。主人公の少女アンナは、つぎつぎと変わる環境のなかで、少しも臆することなく困難に立ち向かっていく。「そののびのびとした姿勢のひとつひとつが目に優しく飛び込んでくる」。
どことなく滑稽でどことなく怖い;『星の子』にみる芦田愛菜の包容力 少女からしだいに社会に目覚めていく年ごろの少女を描く。主人公のちひろの両親は、いっぷう変わった新興宗教団体に入っているために、普通の少女とは異なるさまざまな試練がやってくる。「不安や憂鬱を抱えるより希望をになうほうが辛いことがある」。それでもになうちひろを、芦田愛菜が見事に演じている。
刃の上を歩くような恋;『燃ゆる女の肖像』から匂い立つ輝き 18世紀の孤島で出会った、伯爵家の令嬢と女性画家の恋。はじめは激しく反発しあうが、ふたりのひたすらで激しい性格が互いを燃え上がらせることになる。「愛は禁じられてこそ完全燃焼するのである。誰からも祝福される輝かしい恋は、この恋に比べれば二流の恋である」。
幸運を呼ぶ赤パンツ;濱田岳と水川あさみの『喜劇 愛妻物語』 濱田が演じる「ダメ夫」と、水川が演じる「諦めない妻」との戦いの日々を描き出す。足立紳監督の自伝的小説をもとにした異色作。「がんばって、がんばって、がんばって、それでだめでもまたがんばる。そういう人間を信じる人間の粘り強さを、おおらかに見つめる喜劇である」。
内海陽子プロフィール
1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら)
『愛がなんだ』:悲しみとおかしみを包み込む上質なコートのような仕上がり
『バースデー・ワンダーランド』:情感とスピード感に満ちた贅沢なひととき
『家族にサルーテ! イスキア島は大騒動』:けっして自分の生き方を諦めない大人たちを描きぬく
『エリカ38』:浅田美代子が醸し出す途方に暮れた少女のおもかげ
『ファイティング・ダディ 怒りの除雪車』:本作が断然お薦め! 頑固一徹闘うジジイ
『DANCE WITH ME ダンス ウィズ ミー』:正常モードから異常モードへの転換センスのよさ
『記憶にございません!』:笑いのお座敷列車 中井貴一の演技が素敵!
RBGがまだ世間知らずだったとき:ルース・B・ギンズバーグの闘い
『劇場版おっさんずラブ LOVE or DEAD』常に新鮮で的確な田中圭のリアクション
千葉雄大の孤軍奮闘にハラハラ;『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』
成田凌から飛び出す得体のしれないもの;ヨコハマ映画祭・助演男優賞受賞に寄せて
情熱あふれる歌・踊り・群舞;『ヲタクに恋は難しい』の高畑充希になり切る
生きていると否応なく生じる隙間;『街の上で』若葉竜也の「素朴」さに注目!
ヒロインを再現出させる魔術;ゼルウィガーの『ジュディ 虹の彼方に』
オフビートの笑いが楽しい;『デッド・ドント・ダイ』のビル・マーレイを見よ
現代によみがえる四人姉妹;『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』
夜にたたずむ男の見果てぬ夢;『一度も撃ってません』の石橋蓮司に映画館で会おう
長澤まさみの艶姿を見よ!;『コンフィデンスマン JP プリンセス編』は快作中の快作
どことなく滑稽でどことなく怖い;『星の子』にみる芦田愛菜の包容力