今週の女優 富田靖子

このページは、内海陽子『女優の肖像 その1』から、毎週ひとりの女優を選んで文章を掲載しています。おなじく『女優の肖像 その2』のページもごらんください。

秋山庄太郎『平成の美女たち』より

 なによりも忘れがたいのはその指だ。『BU・SU』(1987・市川準監督)の取材で会った富田靖子の話に耳を傾けながら、わたしの目は彼女のクリームパンのような指に吸い寄せられた。19歳のときの著書「きょうから、明日香―映画[ほんの5g]撮影日記―」(シンコー・ミュージック)に「わたしの指はからかいの対象になりやすい」、過去に「みたらし団子や金魚と言われた」と記されている。『BU・SU』の仏頂面のヒロインを演じたのは、三枚目もこなせる闊達な若手女優だった。

 30歳を迎えた富田靖子の主演作『洗濯機は俺にまかせろ』(1999・篠原哲雄監督)もわたしは好きだ。彼女は離婚して実家の電機店に戻った女性に扮して、従業員(筒井道隆)の恋心を揺さぶる。DJとして活躍したいと言う、なかなかの小悪魔でもある女の多面性を、彼女は変わらない笑顔をまぶして演じた。

 すっかり大人の女優になって舞台経験も豊富な富田靖子だが、未見の舞台で気になるのが『フライパンと拳銃』(2008・演出・G2)だ。父の葬儀を目前にしたレストラン主人(長野博)と妻(富田靖子)、その関係者をめぐるコメディーで、ブラックかつスピーディーな展開が評判になった。互いに秘密を持つ夫婦の駆け引きを、彼女はどう演じたのだろう。『チャレンジド』(2009・NHK)の盲目の熱血教師(佐々木蔵之介)を支える良妻もいいが、わけありの妻はさぞ演じがいがあったことだろう。

 前記「きょうから、明日香」には「人間の心の中のいちばん気持ち悪い部分をさらけ出さずにはいられない人」を時代劇で演じてみたいという記述もある。現代劇では生々しいと言うが、今や彼女は現代劇で十分いける実力の持ち主である。そうなると、アカデミー賞女優シャーリーズ・セロンが、勘違いした元美少女をガッツ十分に演じる『ヤング≒アダルト』(2011・ジェイソン・ライトマン監督)が参考になるかもしれない。

 ヤングアダルト(少女向け)シリーズのゴーストライターとして落ち目になったヒロイン(セロン)は故郷に戻り、高校時代の恋人の心を奪おうと思い立つ。周囲の白眼視もなんのその、かつて人気者だった自分の魅力を信じて疑わない彼女の行動は失笑を買う。なんて愚かな、と他人事のように見ているうち、わたしは次第に居心地が悪くなる。

 たとえば夢の中で若い日のままの自分を見て呆れたことはないだろうか。呆れているうちはまだいいが、そのうち夢の世界が当然だと思う日が来るかもしれない。老いるということは、自分の最も輝いた時代を忘れられなくなることであり、どんどん社会性を失って行く。かつて美しかった人、才能に溢れていた人ほど深刻な事態に陥りかねない。

 しかし富田靖子はつねに自身の点検を怠らず、人間の愚かさ、不可解な要素を演技で追求していくだろう。その笑顔はますます侮れなくなる。

(2012・4)

内海陽子『女優の肖像 その1』では72人の女優について語っています。さらにお読みになりたいときは、下のボタンをクリックしてください。

『女優の肖像 その1 72人の猛き女たち』Kindle版 (この部分をクリック)