今週の女優 南 果歩

このページは、内海陽子の『女優の肖像 その2』から、ひとりの女優をえらんで掲載しています。おなじく『女優の肖像 その1』のページもごらんください。

秋山庄太郎『平成の美女たち』より

 一般の人でも口元の印象は大事だが、南果歩の口元には見惚れるばかりだ。にっと笑うと口角がのびやかに上がり、唇がつややかに輝き、きれいな歯並びがのぞく。『清左衛門残日録』(1993・NHK)で主人公(仲代達矢)の息子の嫁を演じた際には、しとやかな振る舞いの先にあでやかな笑顔をしばしば見せた。その時代なら、人妻はみなお歯黒をほどこしているはずなのだが、映像はリアルであればいいというものではない。周囲のみなが、その笑顔に救われているように思えた。

 ためらいのないヌードを見せた『不機嫌な果実』(1997・成瀬活雄監督)では、その口元がほどよく歪む。恋をして結婚に至れば、皮肉なことに日常は倦怠をうむ。男女の仲において打算を隠さないヒロインを、南果歩は不敵に演じて器を感じさせた。

 自我を抑えこむタイプの女性だったら『家族X』(2011・吉田光希監督)の主婦になるだろうか。この南果歩の演技は、外国映画『こわれゆく女』(1974・ジョン・カサヴェテス監督)の神経症の主婦を連想させて、どことなくモダンである。それが単に深刻な状態にある女という以上の神秘性を残す。

 そして近年注目の力作『葛城事件』(2016・赤堀雅秋監督)では、長男の自殺と次男の凶行によって狂気に陥る母親役だ。全身の力が抜けた呆けた表情、病院で長男の妻と対峙した際に突如ひらめかせる知性、あるいは魔性。シーンごとの巧みな変貌から目が離せない。物語を真にスリルあるものにするにはカノジョの様な存在が不可欠である。

 南果歩は役の選び方そのものが大胆で積極的だ。『清左衛門残日録』の収録前に取材したら、殺し屋と少女の愛情を描く『レオン』(1994・リュック・ベッソン監督)の少女役のオーディションに書類を送った話を、はにかみながらしてくれた。著書「瞬間幸福」(文化出版局)に「時折沸き上がるこのマグマの火山活動のような熱はいったいどこから生まれてくるのか」と記すように、いささか直情径行な性格で、それが幸運を招く。

『レオン』の少女を演じたナタリー・ポートマンは最新作『ジェーン』(2015・ギャヴィン・オコナー監督)で、負傷した夫と幼い娘を敵から守るため銃を取る女に扮している。母としての力強さを身につけた女は恐怖すら味方につけてしまう。クライマックスに『レオン』の可憐な少女が重なる。

 このヒロインを、南果歩ならさらに精細に演じてのけること確実だ。自分を娼婦にしようとした、憎んでも憎み足りない男とその配下を相手に、銃を手に取るまでの逡巡と決意、守るべきもののために戦うという意思を、くっきりと輝かせるだろう。

 銃こそ手にしないが『さよなら歌舞伎町』(2014・廣木隆一監督)で南果歩が扮したラブホテルの清掃係も、守るべきもののために戦う女だ。ラブホテルに来た刑事に、殺人を犯した恋人を隠匿していると見ぬかれ、時効が迫る恋人をなんとかして逃がそうとする。追っ手から逃れたラストの晴れやかな笑顔は、若い日のそれよりもずっと美しい。

(2016・10)

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