今週の女優 岡江久美子

このページは、内海陽子『女優の肖像 その1』から、毎週ひとりの女優を選んで文章を掲載しています。おなじく『女優の肖像 その2』のページもごらんください

秋山庄太郎『正論』2010年11月号より

 何かにつけぐずぐずしているわたしは、岡江久美子の一家が、出かける支度に五分しかかからないとテレビで聞いて驚いたことがある。それが事実かどうかはさておき、そのさっぱりした話しぶりと勢いに圧倒された。テレビ「はなまるマーケット」の司会が好評なのもうなずける。

 あくまできさくな彼女も、若き日に主演したテレビドラマ『黒真珠の美女 江戸川乱歩の心理試験』(1985・貞永方久監督)では、髪をアップにして白いうなじをさらし、堂々たる美貌のマダムである。品のいい耳たぶに、大ぶりの黒真珠のイヤリングが妖しげに映えている。

 ラストの白いドレスから連想するのは、ミシェル・ファイファー主演『わたしの可愛い人――シェリ』(2009・スティーヴン・フリアーズ監督)で、フランス、ベルエポックの時代の元高級娼婦の物語である。友人の息子と恋仲になったヒロインが別れに苦しむ姿を描くが、これを演じる岡江久美子の揺れる表情を見てみたい。

 近年のテレビドラマ『パンチライン』(2006・内田正監督)の岡江久美子は、ひきこもりの息子に漫才の台本作家の才能を見出し、応援する主婦の役だ。息子と一緒に舞台に立つラストシーンの、赤に白の野暮ったい水玉のドレスがとても愛らしく、全身に美女ならではの余裕がにじむ。

 ほどよく丸みを帯びて親しみやすくなった顔は、ハリウッド映画『パンチライン』(1988・デヴィッド・セルツァー監督)のサリー・フィールドをほうふつとさせる。こちらのほうは、トム・ハンクス演じるスタンダップ・コメディアンとのほろ苦い恋物語である。岡江久美子にはやはり大人の恋が似合う。

 岡江久美子の才能は、正体不明の美女も、おっちょこちょいな主婦も演じられるところにあり、彼女のような女優の生かし方がもっとあっていいのに、とわたしは焦れる。彼女の実力を持ってすれば、どんな難役も適役と化す。写真の岡江久美子はきれいな耳を隠し、水玉のドレス姿で大人の女の匂いを発散する。秋山庄太郎から見ても、彼女は若くしてすでに洗練された雰囲気の持ち主だったのだと思う。

 ふと彼女の未来を想像する。『クイーン』(2006・スティーヴン・フリアーズ監督)でエリザベス女王を演じた、ヘレン・ミレンの最新作『終着駅 トルストイ最後の旅』(2009・マイケル・ホフマン監督)はどうだろう。〝世界の三大悪妻〟と言われるトルストイの妻ソフィヤが、トルストイの遺書をめぐって弟子と対立する様子を描くが、ヘレン・ミレンが贔屓のわたしには彼女が少しも悪妻に見えない。

 ソフィヤの夫への激情と超然とした貴族の横顔を、矛盾なく演じる力が岡江久美子にもある。これからは悪女も得意なコメディエンヌとして勢いをつけ、わたしを驚かせてくれないだろうか。

(2010・11)

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