今週の女優 荻野目慶子

このページは、内海陽子の『女優の肖像 その1』から、毎週ひとりの女優を選んで文章を掲載しています。おなじく『女優の肖像 その2』のページもごらんください。

秋山庄太郎『平成の美女たち』より

 だいぶ前、ある映画祭の会場で荻野目慶子を見かけた。身をかがめるようにして誰かを探している小柄な彼女は迷子のようだった。殿山泰司の人生を描いた『三文役者』(2000・新藤兼人監督)で、長年彼と暮らした愛人を演じて、全裸も辞さなかった女優とはとうてい思えなかった。

 殿山泰司を演じた竹中直人とは、『完全なる飼育 女理髪師の恋』(2003・小林政広監督)で夫婦を演じた。女性理髪師を恋する男(北村一輝)が彼女を拉致監禁するお話で、夫との三角関係を描くメロドラマだ。縛られ、眼隠しをされた荻野目慶子は、マゾヒスティックなイメージがせつないほどよく似あった。

 そもそも竹中直人とは縁があったようで、舞台「市が尾の坂」をDVD化した『異常の人々 伝説の虹の三兄弟』(1992・周防正行監督)では、三兄弟(竹中直人、田口トモロヲ、温水洋一)が思いを寄せる人妻を演じた。竹中直人が彼女を「日本のジャニス・ジョプリン!」と紹介するのは、彼なりの励ましだろう。すんなりした肢体を引きたてる水色のワンピースのすそが揺れるだけで兄弟は眩惑されるかのようだ。

 いわゆる〝魔性の女〟の役をいくつもこなした荻野目慶子だが『ハロー!? ゴースト』(2010・キム・ヨンタク監督)の泣き虫幽霊などはどうだろう。泣ける映画が日本でも人気の韓国映画だが、本当は泣き笑いコメディーが一番面白いと思う。

 自殺を図って失敗した青年(チャ・テヒョン)は四人の幽霊が見えるようになり、往生できない四人の勝手な注文に応えなければならなくなる。泣き虫の女幽霊(チャン・ヨンナム)の願いは、好きな人たちに料理を作ること。青年が悪戦苦闘して四人の願いを叶えていくと、最後に思いがけない感動が待っている。

 活躍の舞台はハワイにもある。主演のジョージ・クルーニーが家族の長としておろおろする『ファミリー・ツリー』(2011・アレクサンダー・ペイン監督)に登場する、昏睡状態に陥った妻の役は気の毒だろうか。それならば、母の浮気現場を目撃する反抗期の長女(シャイリーン・ウッドリー)を演じてもらおう。

 この長女は『南極物語』(1983・蔵原惟繕監督)のころの荻野目慶子をほうふつさせる。一家を立て直すべくがんばる父を認め、協力する彼女はなかなかけなげだ。ぼんくら顔のボーイフレンドが好青年に変貌するあたりに、彼女の明るい未来が見える。

 異論があるかもしれないが、荻野目慶子が演じた“魔性の女”は一途な女と呼ぶべきではないだろうか。久世光彦演出の『螢の宿』(1997・TBS)は、航空基地のある町を舞台に、奔放で気骨ある遊廓の女将(岸恵子)が特攻隊員たちをもてなす様子を描く。荻野目慶子は、ある士官(モロ師岡)と恋仲になる気の好い遊女の役である。彼女が出撃を明日に控えた彼と浜辺で抱き合う姿は必死の想いを伝えてあまりある。荻野目慶子には純情がよく似合う。

(2012・7)

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