今週の女優 松坂慶子

このページは、内海陽子の『女優の肖像 その1』から、毎週ひとりの女優を選んで文章を掲載しています。おなじく『女優の肖像 その2』のページもごらんください。

秋山庄太郎『女優の肖像』より

 一九七〇年代末、阿藤快さん(当時は阿藤海)に、彼の事務所でインタビューさせていただいたことがある。持って行ったテープレコーダーの調子が悪くて困っていたら、阿藤さんが「それでは〝水中花″になるといけないから」とおっしゃり、事務所のテープレコーダーを貸してくださった。後でよく考えれば、松坂慶子主演の『水中花』(1979・TBS)を踏まえた上でのしゃれたお心遣いだった。ありがたくて忘れられない。

 五木寛之原作『水中花』の主人公は、速記録を失くしてあわてる速記者。演じる松坂慶子の夜の仕事がバニーガールで、網タイツ姿で主題歌を歌う場面が評判を呼んだ。女のわたしはあまりよい印象を持てなかったが、阿藤さんのお心遣いを得てからは、彼女の迫力あるプロポーションを見るたびに感慨を抱くようになった。

 今の彼女は、また違う意味合いで迫力あるプロポーションの持ち主である。鋭角的な雰囲気の美人女優から、丸みのある庶民派女優への転身が行われたのは『卓球温泉』(1998・山川元監督)あたりからだろうか。夫役の蟹江敬三と卓球に興じる幸せそうな場面に、つくられた女優の顔を脱いだ、普段着の女の顔が見えた。

 これは幸せ太りを武器にしたと見ていいだろう。『さくや 妖怪伝』(2000・原口智生監督)や『カタクリ家の幸福』(2001・三池崇史監督)など、どぎついホラーやブラック・ファンタジーにも臆せず朗らかに挑み、役柄もふくらみを増した。『本日はまたまた休診なり』(2001・山城新伍監督)では貫禄十分な女房ぶりで、このイメージは『監督・ばんざい!』(2007・北野武監督)の「茶の間」のエピソードにもつながるような気がする。

 幸せ太りを武器にするのが至難の技なのは『タイタニック』(1997・ジェームズ・キャメロン監督)で可憐な乙女に扮したケイト・ウィンスレットを見れば明らかだ、結婚後、彼女はおおらかに太り出したが、ハリウッドでは受け入れられない体型になったようで、いつのまにか元の体型に戻っていた。最近は『リトル・チルドレン』(2006・トッド・フィールド監督)で平凡な生活に鬱憤がたまる主婦を演じているが、見ているほうにもその鬱憤がうつるようだ。無理なダイエットは観客の身体にもよくない。

 このところみるみる太り出した泉ピン子主演の舞台『おんな太閤記 あさひの巻』のポスターを見ると、『肝っ玉かあさん』で知られた「京塚昌子」のポストを狙っているように思えてしかたがない。「京塚昌子」のポストは、われらが松坂慶子のものである。どんなときも強くて賢いかあさん。目から鼻へ抜けるような賢さではなく、あたりまえの庶民の知恵を持ち合わせたかあさん。そんなかあさんは松坂慶子が適役だ。

 怖れを知らない女優の進攻を食い止めるためにも、松坂慶子には幸せ太りの最高の境地を目指してもらいたい。どんな鬼才と組んでも、周囲をマイペースでふんわり包む彼女の個性をもってすれば、新『肝っ玉かあさん』は最強になる。

(2007・8)

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