今週の女優 樋口可南子
このページは、内海陽子の『女優の肖像 その2』から、ひとりの女優をえらんで掲載しています。おなじく『女優の肖像 その1』のページもごらんください。
どんな役を演じても樋口可南子のショートヘアは新鮮だ。昔からまったく変わらないようだがそんなはずはない。常に最新の細心なヘアケアを怠らず、微妙な変化を遂げている。年を重ねてどんどん短くなっているように見えるのは気のせいだろうか。
若い娘のショートヘアは何かを強く拒絶する印象を与える。『男はつらいよ 寅次郎恋愛塾』(1985・山田洋次監督)のマドンナ(樋口可南子)は、恋する男(平田満)にとっていかにも高根の花で、彼が接近できない気持ちがよくわかる。なんだかピシッとはねつけられそうな感じがある。
それが年を重ねると、次第に穏やかな印象に変わる。髪質とともに頬やあご、首筋の線がほどよくやわらぐせいだろうか。『愛を積むひと』(2015・朝原雄三監督)では、憧れの北海道に移り住んだものの病に倒れ、亡くなった後も、夫(佐藤浩市)を励ますけなげで我慢強い妻を好演する。あかぬけたマドンナというイメージで、湿り気がなくさっぱりと明るいのがなによりも魅力だ。
山田太一脚本の『時は立ちどまらない』(2014・テレビ朝日)は、東日本大震災の津波によって家と家族を失った一家と、高台に住んでいて、被害を免れた一家を対比させ、それぞれの苦しみと和解するまでを描く。樋口可南子は被害を免れた一家の主婦で、被災者を助け、夫(中井貴一)と娘の混乱と再生を見守る。いわば良妻賢母の役だが、ショートヘアが芯にある強さを強調する。
その芯の強さから連想するのが『ユダヤ人を救った動物園 アントニーナが愛した命』(二〇一七年、ニキ・カーロ監督)のヒロインだ。第二次世界大戦下のポーランド。動物たちを見殺しにせざるをえなかった動物園主とその妻アントニーナ(ジェシカ・チャステイン)は、迫害されるユダヤ人救出を決意。動物園で養豚業を開始、ゲットーから出る残飯を提供してもらう約束をし、数人ずつ残飯の下に隠して脱出させ自宅の地下に匿う。並みの人間にできることではないが、夫妻と幼い息子はそれをやり遂げる。
とにかくアントニーナの表情や立ち居振る舞いに優しい現実味がある。他人に手を差し伸べるというより、気がついたらこうしていたというたおやかさがある。ジェシカ・チャステインは柔らかなセミロングだが、樋口可南子ならいつものようにすっきりしたショートヘアで演じるだろう。髪が乱れたらまたそれも素敵だろう。正義感が際立つような態度はおそらくとらないはずだ。まず心が先に動くのだから。
思えば『ディロン~運命の犬』(2006・NHK)で、樋口可南子は動物愛護を越えた人間の心の持ちようを演じきっていた。犬に向かう態度が自然で幸せそうで観客を安心させる。夫君・糸井重里著「ブイヨンの気持ち。」の中に、愛犬が仔犬だったころより「いまのブイヨンのほうがかわいい」と記している。「わたしもいまの樋口可南子のほうがかわいい」です。
(2012・12)
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