今週の女優 沢口靖子
このページは、内海陽子の『女優の肖像 その2』から、ひとりの女優をえらんで掲載しています。おなじく『女優の肖像 その1』のページもごらんください。
人気シリーズとして長く続いている『科捜研の女』(テレビ朝日)だが、主演の沢口靖子は若いころよりもずっと魅惑的だ。おどろくのは眼の輝きが増していることで、若さゆえにあたりまえに美しかった時代が過ぎた後、内側に眠っていた光がまっすぐ発せられるようになった美しさである。
かつての、いくぶん腰が引けているような台詞回しにも変化があり、一つ一つの発言や行動に静かな信念が感じられるようになった。長い時間をかけて役柄を自分のものにしてきたのだろう。器用な女優ではない証拠で、それが現在の力になっている。
振り返れば『小津の秋』(2007・野村惠一監督)にその特徴がすでにある。映画監督・小津安二郎の別荘がある長野県茅野市が舞台。取材に来た雑誌記者の沢口靖子が、父が愛した初老の女性(藤村志保)にめぐりあい、次第に感情を昂らせる。娘は父の不倫に悩んできたが、女性の静かなたたずまいは初恋を物語るようで、娘はとても太刀打ちできないと悟る。大人への過渡期にある娘の心情を沢口靖子は繊細に表現する。
やがて『シングルマザーズ』(2012・NHK)ではぐんとたくましくなったところを見せるようになる。夫の暴力から逃れ、息子と二人で生きる道を選んだ母親役だ。目元にうっすらと疲労のにじむ表情が、かえって美しさを強調する。利己的で無理解な夫に対する話し方も胸を打つ。素晴らしい年齢の重ね方である。
少し老け役になるけれど、これからの沢口靖子にぜひ挑んでもらいたいのが『はじめてのおもてなし』(2016・サイモン・バーホーベン監督)の引退した校長先生である。今はミュンヘンで悠々自適のアンゲリカ(センタ・バーガー)は、ある日、難民を受け入れると宣言する。外科医の夫はしぶしぶ承知して、ナイジェリア人のディアロ(エリック・カボンゴ)が裕福な一家にやって来た。
まもなく異分子の彼が一家の問題点を次々にあぶり出すことになる。若さにしがみつく夫、自立できない娘、勉強嫌いの孫が絡んでトラブルが続出し、警察沙汰にもなるが、展開は常に明るさを失わずコミカルだ。そしていつの間にかディアロが一家全員のカウンセラーのようになっていることに気づく。
沢口靖子がちょっとおぼつかない表情をすると一段と風情が増すのをご存じだろうか。教職を離れたアンゲリカの心の隙間が埋められていく様子を、彼女なら大女優センタ・バーガーに引けを取らない雰囲気で演じ、ヒロインの心情を深く掘り下げるだろう。
縁起でもないとファンに叱られそうだが『科捜研の女』のヒロイン、マリコにもいずれ引退の季節がめぐってくる。颯爽たる引退はどうも想像しにくい。せめてマリコならではの落ち着いた幕引きになることを願うばかりだ。むろん、女優・沢口靖子に引退の二文字はない。それは定めである。
(2018・1)
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