今週の女優 紺野美沙子
このページは、内海陽子の『女優の肖像 その2』から、ひとりの女優をえらんで掲載しています。おなじく『女優の肖像 その1』のページもごらんください。
「女優は夢を売る仕事ですから」とあるときテレビで紺野美沙子が微笑んだ。その表現に独自のニュアンスがあり、女優はひとを惑乱させる技がなければできない仕事だと思った。
清純派というレッテルがまぶしかった紺野美沙子が『誘惑』(1990・TBS)で意表をつくベッドシーンを演じたとき、彼女は何を考えたのだろう。息苦しいイメージを転換し、多彩な女性像に挑戦できると張りきったのではないか。だがイメージの転換を歓迎する声だけではなかったようで、悪女路線には進まなかった。
それでも『内海の輪』(2001・TBS)で、紺野美沙子演じる大学教授になった妻が、まだ助教授の夫(中村雅俊)のベッドに滑り込む姿にはっとする。妻は夫の浮気に気づきながら子供が欲しいと言う。悪女はかっこいいが、この妻はどこかうす気味悪い。なにげなくこなす紺野美沙子は、女優として巧みに進化していたのである。
従来のイメージを損なわない路線では、高嶋政伸主演『HOTEL』シリーズ(TBS)で社長秘書を演じた。穏やかで堂々として、立ち姿や歩く姿がすっきりしている。『HOTELスペシャル‘92春 パリ篇』では、パリのホテルで行われるシンポジウムで議長を務めるが、まったく場に飲まれずしとやかな威厳がある。むろんパリの風景にも自然になじむ。ただのいい人だけを演じさせるには惜しい器である。
もし彼女がさらに進化を求めるなら『セブン・シスターズ』(2016・トミー・ウィルコラ監督)のヒロイン(ノオミ・ラパス)に挑戦したくなるはずだ。世界的食糧不足で子供が一家族一人しか認められない近未来。一卵性七つ子として生まれた姉妹は曜日の名を持ち、祖父の指導のもと、七人で“一人”を演じて生き延びた。
ある月曜日、エリート銀行員として出社した〈マンデイ〉が帰宅せず、翌日〈チューズデイ〉が捕まり、住居が襲撃された。残りの5人姉妹は必死に応戦しつつ、事態の真相を探ることになる。
鍵を握るのは優等生の〈マンデイ〉で、紺野美沙子が得意とする役柄。次が自立心の強い〈サーズデイ〉で、彼女の本質に近いかもしれない。他の役も、ノオミ・ラパスよりずっと精細に演じ分けるだろう。戦闘心の強い〈ウェンズデイ〉のアクションシーンだけがやっかいだが、型を飲み込めば、そう難しいことではないだろう。
女優は、ある役を愚直に演じるだけではひとを惑乱させることはできず、その役に多くの色づけをしなければならない。七人の役を演じ分けるとなれば、どれほどの色味を創出させなければならないだろう。想像すると気が遠くなるが、むろん、一流の女優はそこにこそやり甲斐を見出すはずである。
『アイ’ムホーム 遥かなる家路』(2004・NHK)の紺野美沙子は、主人公(時任三郎)の闘病中の元妻だ。病床の顔が美しく、優柔不断な男に対して物分かりがいいが、役不足ではないかと、わたしはいささかじれったい。
(2017・10)
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