今週の女優 原田美枝子
このページは、内海陽子の『女優の肖像 その1』から、毎週ひとりの女優を選んで文章を掲載しています。おなじく『女優の肖像 その2』のページもごらんください。
すらりとした脚にジーンズがよく似合う親しみやすい女の子から、日本を代表する女優に成長した原田美枝子は、あるファッションブランドのイメージキャラクターをつとめていた。彼女に惹かれてそこの製品を買ったことがあるが、わたしの貧弱な体型にはしっくりせず、落ち着かない気分を味わっただけだった。エレガントな製品をきっちり着こなした原田美枝子は、遠くで微笑む素敵な大人の女であった。
その素敵な大人の女は強靭な母でもある。『乱』(1985・黒澤明監督)や『火宅の人』(1986・深作欣二監督)など重量級の娯楽作品への出演を経て、『絵の中のぼくの村』(1996・東陽一監督)で、彼女は優しいけれど子供には理解しがたい厳しさもあわせ持つ母に扮した。子供と一緒に風呂にはいるシーンで、ごく自然にさらす豊かな乳房が美しかった。この映画で彼女は女優としてさらりと「母」の域に踏み入ったのだ。
そして『愛を乞うひと』(1998・平山秀幸監督)では、激しいことこのうえない母を演じて観客の度肝を抜いた。娘への虐待をやめられない母と、虐待されてもなお母を慕う娘の二役を演じて、原田美枝子は高い評価を得た。こうして彼女は、娘役から母役への転身に成功した幸福な女優になった。その後、『木曜組曲』(2002・篠原哲雄監督)で随筆家を、『OUT』(2002・平山秀幸監督)で犯罪に走る人妻を好演したが、母にある多面性を鮮やかに表現した『愛を乞うひと』の彼女は、やはり抜きん出ていた。
思えばかつて、原田美枝子は『地獄』(神代辰巳監督)で、不義の子を身ごもったために地獄に落とされた母と、その娘の二役を演じていた。復讐に燃える母と現代っ子の娘を、二十歳の原田美枝子はなんなく演じてのけたが、このことは彼女の女優としての運動能力の高さを示すものだろう。世の男性が願うところの理想の母親像から遠く隔たった、鬼のような母親をさっそうと演じて、原田美枝子は真骨頂を発揮した。
男性にとっての理想の母親とは、おそらく故郷に似た温かさを体現する存在だろう。『キトキト!』(2007・吉田康弘監督)で明るくたくましい母を演じる大竹しのぶも、『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(2007・松岡錠司監督)で母性の塊のような母を演じる樹木希林も、息子の視点で菩薩のように崇められる。この二作品の母の崇高さは、いかに現実の母が理想とかけ離れてしまったかを物語るような気がする。原田美枝子が演じる鬼母は、映画の描写としても時代に先んじていたのだ。
今年、原田美枝子は『どろろ』(2007・塩田明彦監督)で息子のために命を落とす母を、『華麗なる一族』(2007・TBS)では良家出身の耐えしのぶ母を演じた。母の多面性を封印したかのようなあたりまえの役どころである。このままでおさまるはずがない、とわたしは内心ひそかに期待を募らせている。
(2007・5)
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